「会社によって違う」を超えて

例によって#萌渋スペース のネタのためのエントリ。このエントリは#legalAC 参加企画でもあります。

 

今回は企業内法務人材に対する教育、それも体系的教育がお題。「会社によって違う」を超えて、という「縛り」がついていて、最初から難題であることが確定している、ような気がする。無茶ぶりともいえる(汗)。

 

ともあれ、お題に対して、こちらで無い知恵を絞ってみた結果の一端をメモしてみる。自分の経験に基づき無い知恵を絞った結果なので*1、異論反論などがあり得ることはいうまでもないし、こちらが自分のことを高い棚の上に挙げたうえでの物言いであることもいうまでもない。また、現時点での考えで今後考えを変える可能性もあることもまたいうまでもない。

 

こちらで再三述べているように、企業内法務*2において、如何なる営為がなされているかは、極端に言えば会社ごとに異なる可能性があると思われる。そういうところで、そういう営為の担い手に対し、「会社によって違う」を超えて、何か教えることが可能だろうか。

 

何かを教えることが可能であると無理矢理考えてみるとして、教えるべきものは何だろうか。敢えて、「会社によって違う」部分を超えて、教えるべきものを考えるとすれば、それは、企業内法務の中核的機能を担うもの、にすべきなのだろう。枝葉末節なことを教えることの優先順位は高くないだろうし、枝葉末節の部分は会社ごとの差異も大きくなるのではないかと感じるからである。

ここでは、企業内法務の中核的機能を担うものについて、仮に、法的な側面からのリスク管理、と考えてみることにしたい。法的な側面からのリスク管理であり、リスク管理機能の一部ということになるし、法務がリスク管理の全てを担うわけでもない*3。具体的には、会社において生じる諸々の行為を、法的な視点から分析し、そこに潜むリスクを洗い出し、当該リスクを軽減する手段を検討し、それを経営層に呈示すること等、と仮定してみたい*4。確たる根拠はないものの、この範囲であれば、方法次第では、教育が可能なのではないかという気もしている(汗)。

 

さらに、ここでは、上記について、とりあえず、リスク分析、リスク軽減策の検討、対応策の呈示、の3つに分けて、それぞれについて若干の検討してみたい。この3つが截然と分けられるとは思っていないし、実際にはこの3つが一体のものとして作用すると思っているのだが、説明の便宜上、敢えて分けてみることにする。

 

1 リスク分析

(1)前提知識

企業活動に対して法的な見地からリスク分析をすることを考えると、大前提として企業活動と法律に関しての知識が必要となるものと思われる。分析対象である企業活動についての知識がないのに分析というのは考えにくいし、分析のために使う道具でもある法律について知識が覚束ないと分析が出来ようはずがない。

このうち、企業活動それ自体については、各社ごとに異なる話なので、ここでの教育の対象とはしづらいかもしれない。とはいえ、企業活動をどのように把握すべきか、という点は教える対象には含まれるかもしれない*5

他方で、法律の知識については、一定程度教えることが可能なのではないか。司法試験の必修科目は、教えるレベル感は司法試験とは差異があるだろうが、やはり必須になるのだろう。直接実務で使わないものについても、その他の法律について、理解するうえでも基礎となるだろう。例えば、行政法は取締法規の理解の前提となるだろうし、刑訴は刑事罰のある適用のある法律の理解の助けになることが期待できるのではないか。その上で、さらに学ぶ科目としては、司法試験の選択科目のうち、労働法、倒産法、経済法(競争法)、知財法、国際私法は入るだろうし、それから金商法あたりは必須になるだろう。外国法(英米法・中国法等)が含まれることもあるかもしれない。また、いわゆるソフトローの類も一定程度学ぶ必要があるのだろう。当節流行りのCGコードとかSDGsなども含まれるのだろう。これらは関連する実定法科目(会社法等)を学ぶ中で関連付けて学ぶことが効率的なのだろう。

さらに、上記に加えて、以下の過程で必要なその他の前提知識も含まれるのだろう。技法的なものでいえば、ヒアリングに関する技術(傾聴とか)、リサーチに関する技術、ドラフティングや交渉術*6に関するものや、当節流行りの政策法務系との関係では立法周りの知識(法制執務や立法プロセスについての知識)、他部署の所管内容に関する基礎的なもの(当該部署への橋渡しのために「頭出し」をするのに必要なレベルに留まろう)、たとえば、税務、会計、社会保険、損害保険、IR等に関するものが含まれるのではないかと考える。

(2)分析手法

手法というほど確たるものがあるのかは不明だが、混沌とした事実関係の中から、法的なリスクになりそうなものを拾い出す、ということになるのだろう*7

ビジネスの文脈で問題となり得る論点を拾い出すということではあるのだが、典型論点というのも想定しうるので、そういうものを題材にして、事例問題を作り、そこから論点抽出をするという形での問題演習は想定不可能ではないだろう。現実のビジネスでは司法試験等よりも目を通すべき情報の量は多く、種々雑多なので、問題を作る手間暇に見合う何かが得られるかどうか定かではないが、不可能とは言えないだろう。できるだけOJTに近い形にする方が学習効果も高そうだが、費用対効果の面で問題がありそうな気がする。

 

2 リスク軽減策の検討

前記の過程で、発現したら被害が出そうなリスク要素が適示できたとして、そのリスク要素のもつリスクをどのようにして軽減できるかを、次に検討することになる*8。検討したうえで、次のステップでの意思決定につなげることになる。

なお、リスク要素に対する対応策は、法律上の議論に基づかないものも含まれることには留意が必要だろう。保険の購入などが分かりやすい例の一つかもしれない。企業内法務の所管でないものも含まれるが、そういうものについては、所管部署に話をつないで、しかるべき検討がなされているかはチェックする必要があろう。そのための「頭出し」が出来る程度には知識があることが望ましく、こうした部分も前述の前提知識の中に含めることも可能だろう。

検討の仕方について、ここでは、さらに二つに分けて考えてみたい。これらについての教え方は、知識部分は、前提知識の座学の中で適宜教えるとして、検討の仕方は、先に述べたような事例問題の中で教えるのが適切だろう。いずれについても、適宜顧問弁護士又はスポットで起用する外部弁護士の意見も徴しながら検討することになるので、訓練という意味ではそこまで視野に入れられると良いのかもしれない。

(1)コンプライアンス的な問題がある場面

ここでいうコンプライアンスは、制定法やソフトローの類も含む、外部的な規範の遵守というあたりを念頭に置いたものと理解していただければと思う。

内部的な体制という意味では、まずは内部統制システムの構築及び運用という話になろう。その中には上記の意味でのコンプライアンスを確保するための体制作りも含まれるわけで、そういう体制があることは、司法取引などが問題になる場面などでは有用ということになるだろう。

それ以外にも、社内規程を設けて、その規程に従った運用をすることで、リスクを減らせるということはあるものと考える。一つ例をあげると、文書管理規定を設けて、それに従って管理をしていると、規定に基づき特定の資料が廃棄されていたとしても、その規程通りである限りは問題とならないが、そうなっていないと、米国のdiscoveryの中では、意図的な証拠の隠滅だというような話になる可能性があるということが考えられる*9

(2) コンプライアンス的な問題がない場面

上記のような問題がない場合について、更に2つにわけて考えてみる。

ア 契約的なアプローチ

ここでは、取引に関する何らかの契約が存在することを前提としたアプローチを考える。

まず、取引上のリスクに対して、当該取引に関する契約書において、手当てをすることでリスクを軽減するという手法。損害賠償について、賠償額の上限を設けることで、損害賠償額が青天井になるリスクを軽減するというのが具体例の一つだろう。

それとは別に、当該取引に関する契約とは、別の契約を用意を通じて、リスク軽減を図るという発想もある。金銭債権の回収のために、保証人を要求し、連帯保証契約を取り付けるとか、保険会社との間で保険契約を締結して、保険を付保するというのがそうしたものの例だろう。

さらに、契約締結前に相手方について審査をして、審査段階で問題のある相手とはそもそも契約をしない、というものも含まれるだろうし、現状契約しているサプライヤーが何らかの理由で起用できなくなった時に備えてセカンドソースを用意するとかいうのも、含まれるかもしれない。

 

イ 非契約的なアプローチ

次に何らかの契約関係の存在を必ずしも前提としない方策を考えてみる。

一つの例は、リスクの内容が法令それ自体であって、法令が状況の変化に対応しておらず、法令の改正を求めるというアプローチが有効ということも想定されるし、そういう場合には、当節流行りの政策法務のような発想での対応が有効だろう。

適切な法整備が欠如していてリスクが読みづらい状況になっているときに、法整備をすることで、リスクを読み易くするということも同様に含まれるだろう。この辺りについても事例問題で対応の仕方を学ぶことになるのではなかろうか*10

これに類似したものとしては、業界標準の設定・標準化などもあるだろう。

 

3 対応策の呈示等

上記のようなプロセスを経て、最終的な会社の機関決定となり、それに基づく実施がなされることになろう。会社の機関決定は、取締役会決議を要する場合もあれば、それより下位(稟議などということもあろう。)であることもあろう。

いずれにしても、その意思決定の過程が、所謂経営判断原則の保護を得られるようにしておくことが必要となり、従前の検討過程の内容がそれに見合う実質を伴っていることの確認は必要だろうし、また、意思決定過程が事後的に問題となった時に、事後的な検討に必要な情報が漏れなく記録され、保管されることまで必要となろう。

このあたりも議事録・稟議書の書き方などを含めて、前提知識を踏まえて、事例を使って学ぶのが適切なのかもしれない。

 

・・・とまあ、かなりざっくりとした内容になるが、こうした内容を教えるとなれば、前提知識の部分は学者の方でも教えられる部分が多いだろうが、事例を使った演習については、寧ろ実務家が教えることになるのだろう。そして、ここでいう実務家は外部の弁護士であることも多いだろうが、企業の内部での動きに関するものは、インハウス又はそれ以外の企業内法務の担当者が担う方が適切なのではなかろうか。

そして、仮に、こういうものを企画するとなると、前記の担い手との接点があるところという意味では、経営法友会や弁護士事務所、ロースクール(修了生から探すことは想定可能だろう)あたりが考えられるだろうが、実務的な内容の吟味がどこまでできるかという意味では、企業内部の人間の関わる余地の多さという意味では、経営法友会のような立ち位置の組織が有利なのかもしれない。

 

・・・こちらで思いつくのはこの程度。それなりに悩んでもこの程度というところで、力不足を感じる*11。何かの参考になれば幸い。

 

次は、擬古文先輩こと経文緯武さんです。宜しくお願い致します。なお、今回の#萌渋スペースでの内容をエントリにされるとのことですので、本エントリと併読いただければと思います。

tokyo.way-nifty.com

 

追記)今回は、いつも相槌役として、絶妙のファシリテーションをなさるくまった先生のコメントもnoteで公開されているので、こちらも併せてご覧いただければと思います。

note.com

*1:結果として単なる言いがかりになっている可能性もあるものと考える。

*2:機能としてのそれであり、具体的にいかなる名称を冠した部署であるかは問わない。以下同じ。

*3:この点について、勝手に尊敬している某垢の方から、企業内法務ではその点についての理解不足からか、自意識過剰な向きを見ることがあるというご指摘をいただいたが、反省すべき点があるのではないかと考える。

*4:企業内法務の中核が何かということについては、過去の勤務先で、勝手に尊敬していた法務担当役員(既に鬼籍に入られた)が、大要、企業内法務の中核は、外部との闘争である、と言っていたことが脳裏をよぎる。なぜそのような指摘をしていたのかは、一定程度理解しているつもりだが、闘争そのものへの対応を「外注」に出すことが多いのに、それを中核的なものととらえることには、個人的には違和感が残る。また、当節流行り(かもしれない)の政策法務も、闘争という表現になじむか、個人的には疑義を覚えるところでもある。そこで、ここでは、敢えてそのようには考えないこととしたい。

*5:一例としては、こちらのエントリで書いたようなことを想定することはできるのではなかろうか。

*6:メールベースで契約書の修正案をやり取りする際に、こちらの修正理由を付すような事例で考えても両者をセットで考える余地があるように思う。

*7:その際のヒアリング手法に関しては、従前の#萌渋スペース でも話題となった。その際のこちらのエントリはこちら

*8:なお、ここには、実際にリスクが発現してしまった後における、対応も含まれることになろう。その際には、発現してしまったリスクへの対応と、発現後に生じる別のリスクの発現(典型は代表訴訟リスクだろう。)の防止ということを視野に入れることになろう。

*9:discovery周りの実務の知識のupdateが出来ていないので、適切な例ではないかもしれない。その場合は適宜の手段でご教示いただければ幸いです。

*10:そしてそのための前提知識という意味では立法プロセスについての知識や法制執務のようなものが含まれることになるのかもしれない。

*11:別途公開予定の経文緯武先輩のエントリ(の原稿)を見ると余計に。#萌渋スペース では常に感じることだが。