なぜ君は総理大臣になれないのか / 大島 新+『なぜ君』制作班 (著), (編集)

映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」のシナリオの書き起こし+α、というところ。かの映画自体も見たが、映画とは独立に読める本といえ、小川氏に対する立場はどうであれ*1、今の政治状況を考えるうえで示唆に富む本だと思う。

 

一度映画を見た後であれば、文字を見ると、ある程度は映像が脳裏をよぎって、映画の内容の復習になるし、シナリオやこの他の本書の文章を読んだ後で映画を見るのであれば、映画のどこをみるべきかについて、あらかじめ予習できることで、よりよくこの映画が楽しめると思う。そういう意味で、この本はかの映画をさらによく理解するうえでは良い本だと感じた。

 

シナリオ以外の文章、特に次のものが、この本の価値をさらに高めていると感じた。

  • 最初にある大島監督と井手先生の対談は、この映画において重要な役割を果たしているお二人が、小川氏、この映画等について語っている。個人的にはかの映画での井手先生の演説は、あまり選挙演説に心動かされた記憶がないのに、めずらしく、感動したものだった(井手先生はそういう意味では選挙向きなのだろう)。ここで井手先生が指摘する政治家になることについての「敷居の高さ」は確かに問題と感じた(この点は後の畠山さんの文章にもつながるのだが)。また井手先生の次の言葉は、現状にどう向かい合うかということを考えるうえで重要なものと感じた。
    「でも、希望はあります。足元の草を抜くだけでも、全員で抜けばあっという間につるっつるの大地が広がっていくわけで。だから一人ひとりが今、自分の身近な世界で何ができるかを考えることが大事じゃないかと思います。今日の映画がそのきっかけになることを心から願っています。」
  • 小川氏と高校の同期の鮫島記者の文章は、小川氏が、現状の永田町の論理の下では総理大臣になれない理由をわかりやすく説明してくれている。この辺りはなんとなく感じ取ることができる(その意味では、意外な内容と感じるものではなかった)ものの、こういう形で言語化されているのは有用という気がする。鮫島記者が書いているように、小川氏は、現状のそういう論理とは別の形(鮫島記者は「ストーリー」という表現を取られていた)で戦うべきで、それは、小川氏がこれまでの姿勢をブレずに貫くところからしか出てこないものと、僕も考える*2
  • 選挙スタッフの経験のある、あかたちかこさんの文章は、選挙スタッフ目線からのあの映画の見方についてのコメントが興味深かった。映画の中で、小川氏が罵倒されても「ありがとうございます」というシーンの意味合い(小川氏に少しでも関心があるから罵倒しに来る、という指摘)の説明はわかりやすかった。それと末尾の次のくだりは個人的には印象に残った。
    どっちにしても、ものを決める場所にいるわたしたちの代表は、勝ったほうが、負けたほうの思いも背負うべきで、自分を応援してくれた人たちだけを代表しているようでは、政治家として失格なのだ。だからこそ、よく見ておかなければならない。今、わたしたちのことを決めている場所で、なにがおきているのか。誰がどんな顔で何を言ってて、それが自分たちの生活に、人生にどんな風に影響していくのか。そうして、次の選挙のことを考える。次は、誰を、どんなふうに応援しようか。そしてそれは、自分たちの明日のことを、未来のことを考えることと同じ意味なのである。
  • 選挙取材経験の豊富な畠山理仁さんの文章では、「普通の人」が選挙に出る難しさと、その事実が、政治における選択肢を減らす結果になっているという現実をあらためて突き付けてくれている。この映画でも出てくるように、小川氏は家族総出で選挙戦を戦っているが、それが如何に実現困難なことか、というのは確かに重要な視点と感じた。その意味で末尾の次の言葉は極めて重いと感じた。
    私たち有権者は、映画の主人公である小川淳也はもちろん、小川以外にも無数に存在する「君」に関心を払ってこなかった。「君」たちのために行動もしてこなかった。その無関心こそが『なぜ君は総理大臣になれないのか』の答えではないだろうか。頑張るべきは候補者の家族ではない。有権者だ。
  • 最後に政治参加についての研究者の富永京子さんの文章では、生活と政治の関係が、庶民にとって見えてこないことが政治への無関心の原因になっているという指摘が印象的だった。

結局のところ、これらの文章は、政治とか選挙が、我々の日常から切り離された特殊な世界のものとしていること、それこそが問題であるという点では一致しているのではないかと感じた。それを打破するためには、まずは有権者側、我々の側が態度を改めるべきなのだろう。もっと政治に関心を持たなければならないのだろう。

 

その意味では、異なる文脈での言葉であるが、次のケネディ大統領の言葉を思い出した。まずは政治に対して関心を持つことが、我々が国に対してできること、なのだろうと思う。

Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country.

 

*1:過去のエントリに書いたように、こちらは小川氏と接点があったこともあり、氏に対して親近感を覚えているので、氏に対する評価に偏りがある可能性があることは付言しておく。

*2:その点最近出た某書では、異なる見方が示唆されていたが、小川氏が今更方向を変えたところで、これまでの支持者(ご家族を含む)を失うだけに終わると思う。