何をするのか・しないのか、どこまでするのか

以下、久方ぶりの #萌渋スペース 用のネタエントリです。

 

きっかけは、こちらの勤務先の部署内で、ある事情からリソース不足になりそうで*1、最もリソースを食っている契約審査の業務の「断捨離」ができないかという話になったこと*2。以前にも社内で指摘が出ていたことではあるのだけど。こちらの勤務先での議論の結論はまだ出ていないが、その過程でこちらが考えたことを、既に呟いたことなども基にメモしてみる*3。一部は、他のエントリ等で書いたことと重なるかもしれない*4

 

契約審査は、こちらの理解する限り、①コンプライアンス*5上内容に疑義がないことの確認*6と、②①を前提とした契約に伴い生じることが想定されるリスクの最適化*7という観点からの内容の審査、内容変更、および最終的に確定した内容の社内承認過程への、企業内法務部門*8の関与の一切ということになるのではないか。それにより契約締結という企業の意思決定が経営判断原則の保護の下に置かれることを確保し、そのことを証拠化する*9ことになるのではなかろうか。

 

そういう見方を前提にすると、リスクベース・アプローチではないが、類型的に①の点で問題が生じにくく、②の点でも一定の範囲に収束可能なところ(一定の条件付でOKを出す場合も含む)については、殊更に企業内法務が審査をする必要性は必ずしも高くないのではないか。それがゆえに、その類型の契約書類*10については、審査不要とできないか、そうする分、契約締結までの過程を迅速化することによる利点を得ることを考えてもよいのではないか。例えば、メーカーの場合は、単発のハードウエアの製品の販売についての契約はその類型に入ることが多いのではないか。業務のある種のトリーアジ(?)の結果として、そのような判断をしても良いのではないかと考える。もちろん、こうした単純な割り切りをした場合、個別の事案の事実関係次第では、一定のリスクは残る可能性があるから、経営判断として、類型的な切り分けとして、その種の割り切りをするについて判断することになろう。実際、企業内法務部門が、常にありとあらゆる契約を審査しているとは限らない。そのようにしていない企業も相応にあると理解している。

 

結局、この種の議論は、契約に関するリスクマネジメントを企業内で誰が(どこの部署が)どこまでやるのか、やらない(リスクを甘受することになろう)のか、ということに帰着するのではないかと考える。企業という組織体全体としてできていればいいはずなので、企業内での割り振りを考えることになるわけだ。契約締結に伴うリスクは、法律上のものだけに限らないし、企業内法務でそのリスクすべてを引き受けきれるはずもない。事業責任を負う事業部門が引き受けざるを得ない。そうなると、法的リスクとの関係では、企業内法務部門と事業部門との間のリスク管理の分担をどう考えるかということになるのではないか。当然のことながら、事業部門側の諸々の能力によってその判断が変わってくることはいうまでもない。例えば不動産業界のように、営業などの方でも宅建に合格されている方々が多く、その限りでは、法律面でも一定の弁えがあるといえる場合には、その限りでは企業内法務部門における契約審査を省略可能な余地が増すのではないか。そういう場合でも、宅建の範囲外の話(個人情報保護とかがわかりやすいかもしれない)では、省略すべきではないという話になるだろう。

 

次に、何らかの線引きをして、内容審査をする・しない*11、とする判断を、仮にしたとして、内容審査でどこまで見るか、その線引きをどうするかという問題があろう。「不安なら見るよ」等と企業内法務が言ってしまうと、結局全部について審査依頼来てしまう可能性が排除しきれないことになろう。事業部門側が不安を覚えているときに、線引きを理由に一律に審査を拒否するのが適切かというと疑義があるところだろう*12。この点に対しては、何らかの形で指針を示すことで、そうした不安に対応することも考えられるだろう。例えば、有体物の物売りについては、危険負担(納入義務の終期の明確化ということになろうか)、債権保全(代金完済までの所有権留保等か)及び契約不適合責任への対応(損害賠償の上限設定などが想定可能だろう)あたりをまず抑えることになるのかもしれない*13

 

さらに、契約書の中を企業内法務部門が見るとして、どこまで見るのか*14。企業内法務の業務省力化の観点からすれば、企業内法側で見る範囲は極力減らしたい。法律的な素養がなくても対応可能な部分は事業部門側で対応してほしいと考えるだろうし、多少指導すれば対応可能になるであろう部分についても、指導はするから、事業部門で対応してほしいと思う企業内法務も多いのではないか。企業内法務でなければ見れないところだけを見る形にしたい、広い意味での管理系の一角を占め、人のリソースが業務量に対して限られがちな企業内法務であれば、そのように考えたとしても不思議でないだろう。

他方で、事業部門側では、「専門性」がないという名目の下、そもそも、契約書の中身を見ることを忌避してくることも許容する。できるだけ「丸投げ」したいという本音が見え隠れする事もある*15

 

裁判規範としての機能はさておき、取引当事者間で交渉した結果として確定した当該取引における当事者の行為規範、取引のルールブックというべきものと契約を捉えた場合、ルールブック策定過程、つまり契約に至るまでの交渉経緯を把握しているとは限らない企業内法務の担当者が*16、経緯の中で合意された事項が適切に反映されているか、合意されていない事項が秘密裏に挿入されていないか、確認することには限界があろう。この点の確認は、契約の中に完全合意条項が含まれていると重要度が増すことは言うまでもない。そして、一旦締結された後には、合意され契約書に結実した内容に従って行動する事が、原則として*17、求められる。自分たちが拘束される内容を把握せずに、それでいて、その内容に反せずに行動する事ができるのか。規制業界で、業法等に基づく規制の内容に従っていれば、結果的にそのような形になるというような場合もある得るかもしれないが、そういう業界でなければ、内容を把握せずに契約書に基づくビジネスを進めること、それ自体に一定のリスクがあるというべきで、契約書の内容を見ないという選択肢を事業部門が取ろうとすることを企業内法務としては許容しづらいのではないか。少なくとも、紛争以前のいわば平時状態の当事者の取引における行為規範に属する部分については*18、事業部門が内容を見て、理解し、それに従い、行動することを求めたいだろう*19

 

そういうことを考えると、法律的な素養が特に必要とは思えないような、契約書の期限管理とか、締結前の文言の確認*20などは事業部サイドの責任でやるべきこと、という整理をしたいという気がする。

 

この点、契約期間の管理については、相手との取引関係の管理であり、だからこそ事業部門がすべきというご指摘をいただいた。確かにその通りと考える。その話は、最近一部で話題の契約書のライフサイクルマネジメントは事業部門で管理すべきということに繋がるのだろう。正直契約審査で手いっぱいのところでは、締結後の管理まで面倒は見切れないというのが偽らざる心境である。そういうところに手を取られて、契約内容の審査が遅れる用であれば、本末転倒のそしりを免れまい。そういうところまで含めておんぶ日傘で事業部のケアをしていると、事業部の契約にまつわるリスクに対する感度が下がって、気づくべきリスクの芽に気づくのが遅れる危険もある。教育的な意味も込めて、ある程度のところで線を引く必要があるのではないか。もっとも、外資系企業でまま見られるように、人の出入りが多い場合や、事業部門自体の改廃というかスクラップ&ビルドが多い場合は、そうした管理の徹底は困難であるのは確かで、そういうものから縁遠いことが多い法務部門がやった方がいいという見方もあり得るかもしれない。ただし、仮にそこまで面倒を見るのであれば、相応の人員等のリソースを割く必要があるだろう。

 

さらに、締結した契約書に従った契約の履行段階を考えると、事業部門内での理解の共有については、企業内法務がサポートすることがどこまであるだろうか。営業が交渉して法務が内容をチェックして契約をしたものの、製造部門がきちんと理解しておらず、不履行に繋がるような事態は避けるべきなのだが、そうした過程で疑義が生じたりして個別に質問なり、相談なりが来た場合はさておき(場合によっては、契約内容の変更につながることもあろう。)、それ以外の時のサポートまではしていないことが多いのではないか*21。業務の効率を考えると、そういう不具合が生じないように、締結までの段階でしっかり内容を読んで理解してそのうえで判断してほしいということになろうが。後から理解して内容に文句を言われても困るだけなので。契約内容が標準化していて、同種の契約が多い場合には、何らかのシステムで管理する事も容易なのではなかろうか。個別性の強いB2Bではなかなか簡単ではないかもしれないが、その場合は、契約書類との紐づけはさておき、SCMのシステム(SAPと等)の中で一定の管理(資材等発注から製造、出荷までの管理)には服することになるのだろう。

 

最後に、締結後の契約書それ自体管理については、税務調査などの際に出せるようにしておく必要があるから、管理方法についてはいろいろあり得るだろうが、何らかの形で管理がなされているのが通常ではないか。電子帳簿保存法との関係でも管理が要請されているはず。電子契約とかが進んだり、コロナ禍でのリモートでの業務遂行の流れの中では、電子化して管理というのが推進されたのではないだろうか*22。こうした業務をどの部署で行うかというと、事業部門でする場合、企業内法務でする場合、他の文書類と共に総務部門が担う場合などが想定される。

 

…業務範囲について何らかの強制的な決め事があるものではないから、結局は状況に応じて個社判断になるのだろうが、何をどこまでやるか、という話だけでもいろいろ考えるべきことはあるということを改めて感じた次第。

 

追記)経文緯武先輩のこのエントリに対する反応エントリ2つをメモしておく。

tokyo.way-nifty.com

 

tokyo.way-nifty.com

*1:詳細は略。

*2:当節流行りの片仮名系の技術の活用による効率化については、予算等の関係で導入が困難と考えられる等の理由により、検討対象からは一応除外している。

*3:いうまでもないことかもしれないが、本エントリの記載は、エントリup時点における、こちらの体感に基づくもので、異論があり得ることは言うまでもないし、こちらの現在過去未来の実際の行為とは無関係に書かれたものであることは付言しておく。

*4:なお、本エントリをupするにあたり、いつもの萌渋スペース議論用のDM(通称ブルペン)ではなく、くまった先生、経文緯武先輩に加え、もう少し人数の多いDMーいわばギャラリー付きブルペンとでもいうべきかーでのやりとりでの議論を参考にさせていたいだいた。1st draftが文章がくどすぎるというご指摘もあり(ご指摘の部分は削除した)、ギャラリーの方々のコメントも踏まえて、加筆修正している。関係者の皆様にはいただいたご示唆にお礼申し上げる。なお、本エントリの内容については、文責はdtkのみにあることはいうまでもない。

*5:コンプライアンスとは何か、ということ自体が論点たり得ると考えるが、ここでは、所謂ソフトローを含めた法令の遵守と仮にしておく。

*6:取締法規の一部、特にメーカーであれば製造プロセスに対する規制に関するものについては、企業内法務でない部署、理系のバックグラウンドのある方々の部署が管轄しているケースもあるだろう。

*7:リスクがゼロにならないことは言うまでもないし、極小化されるという保証もない。判断時点での自社側のリソース、対応能力や交渉費用(時間的なものも含む)等も踏まえて、許容範囲に収まっていれば良しすべきなのだろう。

*8:機能としてのそれであり、部署の名称は問わない。

*9:なので、審査の名の下に企業内法務が拒否権を持つようなことはあまりないのではないか。あくまでも協議はして、事業部門の取り得るリスクの範囲に収まっていればそれ以上は何も言えないことになるのではなかろうか。

*10:単なる注文書・請書の類も含むし、電子的に取り交わすものも含む。

*11:しないという前提を置いた場合には、契約に由来するリスクは事業部門が引き受けるという前提を置くことになろう。

*12:そうでもしないと線が引けないという気もするが...。

*13:紛争解決周りは、紛争になれば重要になるが、紛争リスクがそれほど高いわけではないところでは、どこまで重視すべきかは議論の余地があるように思う。

*14:この辺りからが本題という話があるが...。

*15:反対の方向性の場合もあって、その方向性の適否に疑義があるとそれはそれで別の意味での対応のしづらさがあるが…

*16:重要な案件であれば交渉に張り付いて経緯も把握できているかもしれない。ただし、それが常にできるだけの人的資源があることは、これまでのところ、事業会社では稀なのではなかろうか。

*17:例外の典型は不可抗力事象が発生したときであろう。それとは別にローエコ的な発想から、契約に違反する事が、少なくとも経済合理性の面からは許容されることもあるだろう。

*18:紛争が予見可能になった時点で企業内法務に相談がなされることが前提となるが。

*19:もっとも、いうほど契約書を読んで理解するのは容易ではなく、ビジネスは、その種の書類を読めなくても進められるという現実が別途存在するのも事実なのだが...。

*20:要するにこっそりと相手方が文言を変更していないかの確認。文字面を確認するだけなので法律的な素養なしにもできそうに見えるし、wordデータであれば比較機能で確認可能なはず。そういうことをしてくる相手と契約関係を設定することそれ自体の適否は別途検討が必要だろう。

*21:記憶している範囲では3社目で外資系企業(こちらの4社目がそこの日本法人だった)との取引で、製造現場に厳しめの契約内容(英文契約)になっているので、営業に製造現場と調整するようにと言ったのだが、その辺りをどこまでやっているのか怪しかったことがあった。営業が中国系で中国語と英語しかできず、中国にある製造現場のトップが中国系で日本語はできても英語ができないということで、こちらとの3者での協議がしづらかったこともあり、うまく調整できないまま契約締結となり、契約締結後に他の用事で製造現場に行った際に、僕が日本語で留意点をメモして件のトップに説明したところ、彼の顔が青ざめていった。要するに営業がまともに説明していなかったようだった。もう少し早めに手を打つべきだったというのが反省点となった。

*22:もっとも、その場合であっても、社内でどこまで内容を共有してよいのかについては、契約の存在及びその内容について守秘義務が課されているような場合には注意が必要になるだろう。