NDAについて:文句を言うその前に

何のことやら。お久しぶりの #萌渋スペース 向けのエントリです*1。ついでに#legalAC参加エントリです。幹事の@kanegoontaさん、いつもありがとうございます。

 

 

とあるところで*2NDAについて、いろいろな会社の方々(中には偉い人が多かった。)のお話を聞く機会があって、その際に感じたこと等を基にいくつかのことをメモしてみる。なお、当該会合の趣旨に反しそうなネタは避けておくことにする*3

また、NDAの話かと、こちらのblogに長らくお付き合いいただいている方々には呆れられそうだが、それだけネタにするべき内容があるということで(苦笑)*4。今回は通常よくネタになる話題の「手前」にありそうな話に絞って書いてみたつもり*5*6

 

NDAの対象である秘密情報の範囲について

言うまでもなく、NDAでカバーするのは、どういう形態かはさておき、「秘密情報」である。その定義についてもNDA上であれこれ議論することがないわけではない*7。しかしながら、そこでいう「秘密情報」の管理実態や、実際に企業内で「秘密情報」としてカバーされる範囲について、どこまでしっかり吟味しているのか、というと、疑義があるような気がしている。

こうした疑問を抱くのは、初職で海外法務部門に配属になって、NDAを最初に見た時に、NDAは情報のやりとりに関する契約である以上、情報の管理実態との整合性が重要であり、書面の文字面だけ見てどうこうするのは適切ではない*8、という指導を受けたことが頭にあるからかもしれない。

秘密情報であるからこそ、NDAまたは相応の条項を含む契約書の締結なしにやり取りができないわけで、そうした契約書を取り交わすとなるとどれほど省力化等をしても一定の手間がかかる。それよりも、むしろ、秘密情報でなくなってしまえば、NDAなしにやり取りできるはず。情報の陳腐化のスピードが速ければ*9、秘密情報としての要保護性も時の経過とともに低下することが多いはずであり、その辺りまで考えると、秘密情報とすべきかどうかの棚卸をきちんと定期的に行い*10NDAで保護すべき範囲を厳格に管理すべきなのではないか、という気がする*11

 

こうした話を件の会合でしたところ、某社の法務の偉い方*12から、そうした管理の徹底の方が全社で見れば手間なので、法務がNDA締結の手間を「泣く」方が、全社の効率という意味では「現実的」ではないか、というご指摘を受けた。なかなか反論しづらく、その場で直ちに言い返すことはできなかった。自分の力不足を痛感する。

 

しかしながら、この種の議論は、ありがちではあるし、そういう発言に至るお気持ちはわかるものの*13、ある意味で、企業内法務*14としては「敗北」を認めるものになるのではないかとも感じる。いうまでもなく、NDAで「秘密情報」としてカバーされるようなものは、本来は、不正競争防止法における営業秘密として保護されるべきもののはずで、そのためには、同法における営業秘密の要件を充足する形で、管理を徹底することが必要となるはず。そして、企業内法務はその管理の徹底を唱道すべき立場となるのが通常であろう。そう考えると、先に述べたような議論の仕方は、管理の不徹底を正面から容認することに繋がりかねず、どういう場であれ、そうした「本音」を、企業内法務の責任者があからさまにいうのが適切とは、直ちには思い難い*15と感じる。この辺りは個々人の「哲学」の現れるところかもしれない。僕自身は、「現実」なるものは直視する必要があるが、それに引きずられるべきものでも、なし崩しの追認の正当化に使うべきものでもないのではないと感じるので、先のような見解には、正直なところ違和感を禁じ得ない。掲げるべき理想の旗は安易におろすべきではないと感じるところである。まあ、ここであれこれ言ってもごまめの歯ぎしりでしかないかもしれないが。

 

NDAの企業内法務部門における「使われ方」について

NDAというのは、秘密情報の交換について回るし、秘密情報の管理の重要性それ自体は、法務の素養のない一般の事業部門の方々にもそこまで理解しづらいものでもないように思われる。また、秘密情報の交換頻度を考えると、締結する秘密保持に関する契約書(単体のNDAには限らない。)の数も必然的に多くならざるを得ない。そうなると、企業内法務部門立ち上げ時には、その辺りを踏まえて、NDA締結の啓蒙を通じて自社内での存在感の確立の手段として使うことが、まま見られるような気がする。

他方で、正直なところ、特に単体のNDAについては、内容が定型的なものが多く*16、量も多いとなると、企業内での法務の業務が確立した後であれば、厄介者めいた感じに思えてくるかもしれない。ただ、内容自体というよりも、審査依頼などそれ自体から、その先に向けた諸活動への企業な法務の関与の道が開かれることもあり、その意味でも、内容審査依頼等が来ることについては相応に意味があるともいえるだろう。

そう考えると、企業内での存在感確立に使っておいて、存在感が出てくると邪魔者扱いする傾向があるのは、どうなのか*17。企業内法務の担当者にとっての「最適化」と全社レベルの最適化と矛盾する可能性があるのではないか。仮に両者が矛盾する場合に前者を追い求めることは、適切なのか、個人的には疑義を覚えるところである*18

 

NDAの「省力化」について

前述のような定型的な事が多く、通数も多いことから、NDAに関する省力化が取りざたされることがある。あらかじめ述べておくと、省力化それ自体は、否定するつもりはない。省力化はどういう業務についても検討されるべきと考えるからである。

他方で、NDAに関する業務の省力化の論拠として、NDAで揉めるケースを見ないからというのを聴くことがあるが、そうした議論の仕方には違和感がある。

そもそも、NDAで揉めるケースを見ない、ということということがいかなる事態が生じていることを意味しているのか、その種の論者が理解しているのかという点で疑問がある。契約書が、契約当事者間の行為規範を定めたものであるとすると*19、行為規範に従った行為がなされている限りは、その契約についての揉め事は生じないはずで、そのことはその契約書が機能していないことは意味しないのではないか。寧ろ機能しているからこそ揉めないという可能性すらあり得る。そして、こと単体のNDAに限れば*20、その主たる機能は、想定外の第三者への漏洩の防止と想定外の目的への使用の防止と考えるが、そうした機能が機能しているかどうかは、相手方契約当事者の観測にはかからないのではないか*21。そう考えると、揉めるケースを見ない、ということは、省力化云々を正当化するものではなり得ないのではないか*22

さらに、省力化という意味では、最近だと、包括的な形でのコンソーシアム?への加入なども想定される*23。何らNDAの取り交わしがないという事態を防ぐという意味では、一定程度の意義があることは否定しないが、NDA違反のクレームについては、漏洩の事実は実際は立証が極めて困難*24となると、目的外使用でしか違反の主張は事実上厳しいし、実際に開示側の想定した範囲を超えた受領者側の秘密情報の使用を防ごうとすると、目的のところを緩くしたNDAというのは実効性に疑義があると言わざるを得ず、包括的な試みの有用性は極めて限定的と言わざるを得ないだろう。また、契約がそもそも原則諾成であることを考えると、その種の合意の黙示での成立が主張できない事例は寧ろ稀ではないか*25。そういうことを考えると、その種の発想による省力化についても、どこまでの有用性があるのかは、控えめに言って、よくわからないと感じる*26

 

…というところで、とりあえずオチはないがこの辺で。次の#legalACはアーリーさんです。よろしくお願いいたします。

 

追記)経文緯武先輩のエントリはこちら

tokyo.way-nifty.com

*1:こちらが諸々の事情でネタを考える精神面での余裕がなかったのが、開催に至るまでに時間が空いた理由というところ。

*2:わかる人はわかるとおりの某所である。

*3:こちらの推測に基づくものなので、結果的に変な事態が生じたとしても、そこは...(以下略)。

*4:某企業内法務の先達(ろじゃあ門下の兄弟子のDeacon先輩だが。)が以前「たかがNDA、されどNDA」と言われていたのは実に含蓄に富むコメントだったと感じる。

*5:NDAについてよくある話については、まとめて対応したつもりのこちらあたりをご覧いただければと思う。

*6:なお、「お約束」でいくつかの留意事項を。本エントリは、こちらが現在過去未来において所属した・所属する先の実務とは無縁な話を書いているというか、要するに自分のことは棚の上にあげて書いている。また、エントリup時点での考えでしかなく、過去または将来のものとは食い違う可能性がある。さらに、こちらのこれまでの経験での体感などに基づくものなので、異論などがあり得るのは言うまでもない。もう一つ付言すれば、既にこの辺りの話はエントリを重ねていることもあり、過去のエントリでネタにした話が出てくる可能性があることも付言しておく。

*7:有体物以外の「秘密情報」(会議などでの口頭で話した内容等が典型だろう。)の範囲で議論することが多いような気がする。状況次第ではそれらをカバーしているかどうかが問題となり得るものと考える。

*8:「文字面で遊ぶな」というような指導だったような気がする。

*9:最近の技術の進歩の速度を考えると、そういう話が当てはまる範囲は相応に広いのではないか。

*10:と言いつつ、実際にその種の試みを仕事場でやったことはないのだが...。

*11:実際過去の勤務先の化学メーカーにおいて、協業に際して、まずnon confidentialの情報の交換をして、初期的なFSのようなことをしたうえで、問題なければNDAを取り交わして、一定程度の秘密情報を交換してFSを行い、そのうえで、共同開発契約などを取り交わす、という進め方をしているのに接したことがある。スピード感と情報管理とのバランスの調和を図ったやり方ではないかと感じたのだが...。

*12:TL上におられるのでやや怖い...。しかしながら、だからこそ、この場であっても、臆せずに意見を表明することに意義があるのかもしれない。

*13:直接の「ご利益」が見えづらく、負荷のかかる業務の実施を唱道することは、特に管理系の部門にとっては、事業部門の不満を募らせる可能性が相応にあることを考えると、慎重であるべき、というのは、企業内にいる者の処世術にも含まれるのかもしれない。これもまた、賛否はさておき、理解できないものではない。

*14:機能としてのそれであり、部署名は問わない。

*15:たとえ「オフレコ」の場で言うのも、注意が必要と考える。特に、部下のいる責任者については。

*16:常にそうとは限らないのが難しいところ。

*17:先に挙げた会合でもその種の見方が見られた。

*18:誠実さを欠くような気がするのはこちらだけだろうか。

*19:裁判官及びその経験者の方々の中には異なる見方をしている方々がおられるのは重々承知しているが、こちらはあえてこの見方を取る。

*20:NDAと銘打ちながら、実質は共同研究契約だったりすることもあるが、そういうものはここでは想定していない。

*21:仮にそうした機能が現実に働いている事象が観測されるようであれば、NDAの締結以前にそもそも秘密情報を共有すべきかどうかという点につき、深刻な再検討をすべきかもしれない。

*22:もちろん、企業内法務部門での利用可能な人的リソースがかぎられていて、求められる業務全部に対応する事が不可能なことが予見され、どこかで「手抜き」をする必要がある状況下では、その当否はさておき、リスクベースの考え方に基づき、NDAについて一定の「手抜き」をするという議論の仕方も想定は可能だろう。しかしながら、こちらが見聞きする限り、ここで問題にしたような言説については、その種の議論が背後にあるようには見受けられなかったことも付言しておく。

*23:前述の会合ではそちら方面の関係者の方も来られていた

*24:想定外の第三者が秘密情報を所持していたとしても、当該第三者がいかにして当該秘密情報を入手したかがわからないと漏洩があったかどうかは判断できないはず。しかしながら、警察権力とかなしにその種の事実を突き止めるのは事実上不可能に近いのではないか。

*25:黙示での合意の成立の主張に問題があるような相手と、秘密情報のやり取りをしてよいのか、という問題は別途存在すると思われる。

*26:内容が標準的で、その割に締結の手間がかかるという意味では、寧ろ暴排の覚書とかの方が、コンソーシアム的なやり方には適しているのではないかと感じる。アレの方がNDAなんかよりももっと「ご利益」が見えづらいので簡便化のニーズは多いのではないか。