企業の営業損害の算定 -裁判例と会計実務を踏まえて/ 原口 昌之 (著, 編集)

今年の#裏legalACで紹介されていた一冊にざっと目を通したので感想をメモ。企業で損害賠償に関するトラブルに関与するのであれば(企業内法務であれば関与しないということはないと思うが)、手元にあれば有用な一冊という印象。

 

契約違反に限らず、損害賠償については、想定される金額について何かを言おうとしても、どうしてもはっきりしたことが言いづらい気がしている。損害については、所謂差額説が通説としても、差額説から一義的に金額まで導けるとは限らず、額を導く過程についてはいろいろな議論が想定されること、そうした議論の実例としての裁判例を見ようとしても、集めるのも手間がかかって、中々簡単ではないような気がすること、などがそう感じる要因というところだろうか。

 

本書では、いくつかの切り口で裁判例を集めて、事実関係の説明、判旨の紹介及び解説を加えている。裁判例を探す手間が省けたというだけでも助かることはいうまでもない。内容を理解するうえで、必要な会計的な知識については、冒頭の章で説明してくれているので、その辺りに疎くても、おそらくは困らないと思う*1

 

とはいうものの、裁判例の中から一義的な考え方のようなものが導けるわけではない。事件ごとに主張の仕方や裏付ける証拠の提出のありようは異なる*2うえ、それらを踏まえて下される裁判所の判断も、金額について、算定に用いた数字等について詳細な説明を付しているとは限らない。裁判所としては、判断することから逃げられない以上、当事者の出してきた資料を前提に何らかの説明を付すしかなく、説明がつけられない部分が出るのも仕方がないのだろう。そうした結果として、予測可能性はどうしても高くならないが、それは紛争自体が個別具体的である以上やむを得ないとしか言いようがないのかもしれない。

 

そういう意味で、本書の使い方としては、実際に損害賠償について検討しなければならない事案が出てきたときに、手持ちの情報(ただし、手持ちの情報があることと、その情報を外部に出せることは同じではないことに注意が必要だろう)を前提にして、どういう議論の仕方が可能そうか、ということ、または、資料をこれから整えることができるのであれば、どういう資料を整えるべきか、ということを考える資料として使う、ということになるのではないか。所謂予防法務や臨床法務において、そのようなことを考えざるを得なくなるのは良くあることではあるので、本書を手元においておくことは有用なのではないかと感じた。

 

 

*1:とはいうものの、言葉で全部説明しようとしているので、ややわかりづらい気がしたのは事実。最近はBSとかPLを図示した形で示す説明方法が流行っていると思うのだが(例えばこちらとか。僕は最新版は目を通していないが...。)、そういう形を取り入れた方がわかりやすかったのではないかと感じた。

*2:さらにいえば、そもそも存否自体も異なるだろう。