職場のメンタルヘルス・マネジメント ――産業医が教える考え方と実践 (ちくま新書 1714) / 川村 孝 (著)

一通り目を通したので感想をメモ。メンタルヘルス関連の業務にかかわる企業内法務の人にとっては目を通しておいても損にならない一冊ではないかと感じた。

 

現職で、公益通報者保護法の改正に伴う内部通報の制度見直し以後、通報が増えた中で、少なからぬ割合でメンタルヘルスの問題が含まれていることや、人事労務の担当者からもその種の問題に関する相談を受けることがあるという状況もあり、純然たるメンタルヘルスの問題に企業内法務担当者が不用意に口をはさむことの危険はありつつも、この辺りについて何も知らないのも問題と思ったので、本書を手に取ってみた。

 

著者は、産業医をしながら、予防医学の研究もされた方。京大の保健管理センターの所長も務められ、京大での健康教育のための職員研修で話した内容を基に本書を作られたとのこと。メンタルヘルスの管理に関する問題を中心に、職場での健康管理全般について、著者の前述の立場から解説がなされている。新書版で220頁程度とコンパクトにまとめられていて、具体的な事例を交えた文章は読みやすいので、通読も容易。移動時間中に読むことができた。

 

本文の冒頭、雇用契約の法律上の意義から始まるあたりで、「おっ」と思うのだが、法律用語の使い方や裁判例の紹介の仕方についても、法律実務家*1の目から見ても、それほど違和感がなく、そういうあたりで無用なストレスを感じることはない。著者がおそらく実務の中で、法曹とも適宜協議しつつ、相応に場数を踏まれているものと推測される*2。現状の法制度・社会制度への意見も述べられているが、こちらについては、意見は分かれるかもしれない。

 

個人的に印象に残ったのが、著者のある種割り切った視点。所詮仕事は仕事でしかなく(雇用契約の説明から入ったのもその点を強調するためではないかと感じた。)、それぞれの能力・状況に応じて、できる範囲のことをすればいいだけ、という視点が貫徹されている気がした。それを超えるものを求めるからこそ、メンタルヘルスの問題が生じているという考えなのかもしれない。個人的には理解できるのだが、この辺りも考え方というか価値観の分かれるところという気がする。

 

ともあれ、企業内法務の立ち位置からすれば、人事労務がこの種の問題を考える際にどういうことを考えるかを知っておくことは、意思疎通を容易にするためには有用だろうし、その目的では、本書は目を通しておいても損にならないと感じた。

 

 

*1:このような物言いを自分についてして良いのかはためらうところがあるのだが、そこはいったん脇に置く。

*2:学会活動について言及されているが、それだけではないとこちらはにらんでいる。