一通り目を通したので感想をメモ。類書がないと言えることもあって、企業内法務の方々、特に経営層に近い管理職クラスの方々にとっては、読んでおいても損はないのではないかと感じた。
本書は、労働法を学ぶというよりも、労働法も一定程度学ぶものの、労働法に関する裁判例を題材に経営について学ぶ、という本。労働法についても経営学についても網羅的に学ぶというよりも、重要そうなところを学ぶことに重点がおかれている*1。SOGI関連や、カスハラなどのような最新の話題も含め、重要度の高そうな話題に絞って、裁判沙汰になった事例を素材に学ぶという形で、具体的な事実関係が背後にある分、印象に残りやすいという著者の指摘には一理あると感じる。
著者については、金融系のインハウスとして認識していたのだが、事務所の弁護士に転じられたうえ、気が付くと、労働系の専門家として、著作も出されるようになっていた。労働法専門でずっと実務を経験されたわけではないこともあって、本書のような本を着想されたのだろう。ご自身の大学での講義のテキストでもあるようで、おそらくそれゆえに、大学での講義回数に則した15講の構成となっている。
主眼の置き方を反映してか、個々の事件についての事実関係についての記載は比較的あっさり目で、適用される法律の説明は、読者層が法律に馴染みがない層も想定していることもあり、基礎的なところから説明をしている。その上で、個々の事件から企業経営について経営学的な視点からのコメントがなされている。経営学視点でのコメントについて、その当否をあれこれいえるほどの知見はこちらにはないが、一応企業で法務部門長をしている身からすれば、納得するところが多々あるのは確か*2。
気になった点としては、取り上げられている裁判例がいずれも令和になってからのものという点。SOGIハラ、カスハラのような話題についてのものであれば理解は可能だが、以前からあるような話題であれば、もっとインパクトのある事件もあったからである。ハラスメント系であれば、文中でも記載のある電通の事件が想起されるし、内部通報との関係では、オリンパスでの一連の事件を取り上げる方が、印象に残りやすいのではないかと思う*3。
いずれにしても、労働法プロパーの話題を超えて、経営との関係を学ぶという本は他になく、興味深い本なので、特に、経営との接点が増えるであろう、企業内法務の管理職層の方々にとっては、目を通しておいて損のない一冊にはなっていると感じた。