2月に前売券を入手していた、こちらの映画をようやく見ることができた*1。個人的には極めて印象的だった。写真について関心がある向きには、お薦め*2。なお、監督をされた岩間さんの手記も併せて読むと面白さが増すと思う。
(1枚目は映画館の映写室前にあったポスター。2枚目は館内に入るエレベータの扉。)
一言でいえば森山大道さんのドキュメンタリー映画ということになるのだが、3系統の映像が一つに編み込まれたものという印象。
- まず、森山さんの(撮影当時の)日常。街にスナップを撮りに出る様子を映すとともに新作の写真集(東京ブギウギ)の制作過程が挟まれる。写真を撮りに出るときは、小型のデジカメと予備のバッテリーをもっているだけで極めて身軽で、動きも迅速かつ軽快(80代という年齢を考えれば驚異的というべきか)なので、氏を追いかけて撮影するのが大変であることは、想像に難くない。
- 次に、森山さんのこれまでを振り返る映像。数々の過去の作品、この映画の監督さんが四半世紀前に森山さんを撮ったテレビ番組の映像、それから、逗子の海やprovokeのオフィスのあった青山で、中平卓馬さんの話をする映像などが含まれる。特に四半世紀前の森山さんの姿は、若いと感じるし、何よりデジタルに乗り換える前の銀塩時代のものなので、暗室作業の様子も残されていて、手の動きでプリントをコントロールしている様子が印象深い。
- 最後に、この映画の一番の背骨となっている、森山さんの最初の写真集の「にっぽん劇場写真帖」(絶版となっている)を決定版として再度刊行するプロジェクトの進行状況。紙の元になる木が切り倒されるところから、この映画が始まるのも印象的だし、編集者と造本家の方が、写真集の150点弱の一点一点について、撮影データを森山さんに問い質し(森山さんが面白がりつつも時に閉口している様子がうかがえるのが微笑ましい)、雑誌などを紐解いて裏取りも行い、内容を纏め、本の造り(インクの色への拘り方も面白かった)を練り上げ、本の形にして*3、パリフォトに持っていくところまでが撮られているのも興味深い。
映画の惹句に「写真史上最大の謎(エニグマ)」とあるけど、森山さん自身は、割にご自身のことを明らかにしていて、それらは書籍にもなっているので、そこまで大層な謎があるのかというと、どうなんだろうと疑問が残った。もちろん、言葉の内容を裏付ける映像が撮られていることそれ自体が貴重であることは間違いないのだけど。
個人的に印象的だったことをいくつかメモしておく。
- 森山さんのあくなき写真への思い、が一番印象的。街に出て、撮りたいと思ったものを手にしているカメラで撮る、シンプルに突き詰められたものの凄みということになるのだろう。テーマを限定せず(裏返せばテーマに拘束されずに)、撮りたくなったら撮るという姿勢を維持し続けているのが凄いと思う。
- ご自身がプラクティカルと評しているように、その場その場でできることの中で一番良いと判断したことをやっていく柔軟さ。銀塩写真については、好みの印画紙がなくなり、代替するものも適当なものがないとなったところで、すっぱりデジタルに乗り換えたと語るのが印象的。機材についても、写ればいい、と拘泥していないのも、機材に目が行きがちな身には痛いところ。カメラのスイッチは切っていない(常時オン)というのは、なるほどと思うものの、なかなか真似しがたい。
- 過去に対して拘っている感じがないところ。「にっぽん劇場写真帖」についても、編集者・造本家に完全に任せていて、煮るなり焼くなりどうぞ、としているのも印象的だったし、デジタルカメラで撮ったもののうち、残すものを決めたらそれ以外は保存せずにメモリカードからも消去しているのも印象的だった*4。
いずれにしても、写真について少しでも関心があるのであれば、見ることをお薦めする。
最後にパンフレット(左)とチラシ(右)を撮ったものを貼っておく。パンフレットは森山さんの過去の写真の再掲(形を変えているものもあるが)と監督と森山さんの対談が載っていて、写真集としても良いと感じた。
*1:映画館は席を一つ置きで使うなど相応の感染症対策がなされていたことを付記しておく。
*2:岩間さんのnoteによると将来的には配信も想定されている模様。とはいえ、個人的には、映画館で見ていただくのが良いと思う。
*3:素晴らしい出来なのだが、思いが「重たい」感じがしたのと、大判で、置く場所との関係で、こちらは買ってはいないのだが。
*4:少し前にTL上で、森山さんの「量のない質はない」という言葉をめぐって、単に量を撮るだけでは駄目だという指摘を見た。その指摘は正しいのだろうし、事実森山さんもおそらくは残すものを選ぶ過程でPDCAのうちのCAはしていると思うが、何よりも量がないことには話にならないというのが森山さんの指摘の一番のポイントなんだろうと、この映画を見ていて改めて感じたのだった。