一通り目を通したので感想をメモ。細かいところでいろいろ難はあるが、契約書チェックの際に座右にあると有用そうな一冊。
和文の契約書のドラフティングとかチェックという意味では、阿部井窪片山本が定番というところで、こちらも手元に置いているが(しかしながら通読したことはない)、本書では、論点単位で双方の側から見たときのチェックポイントについて触れられているのが興味深い*1。パンデクテン方式風に、各種契約書に共通する規定についての解説の後で、契約類型ごとに特徴的な条項についての解説がなされているのも興味深い。
以下の読みながらの呟きでも触れているように、一部疑問なしではないが、通読可能な分量である程度幅広に論点を拾ってくれているので*2、幅野本と阿部井窪片山本の間に挟む形で、通読したうえで契約書チェック等に使ってみてもよいのではないかと思う。
最後に、読みながら感想を呟いたものを一部加筆修正のうえ、箇条書きで貼ってみる。気づいた点等のコメントで、それも網羅的なものではないことはあらかじめ付言しておく。
- 「はじめに」に版元を変える経緯がある。出版社の解散というのは...。
- 第1章。初めての契約書チェック。新人と先輩の会話形式。登場人物の名前の付け方で受け狙いに走るのがいかにも関西の事務所、というと怒られるだろうか。内容は新人ができすぎている気がする以外は、そうかなというところ。支払条件が月末締め翌月15日払いというのは経理が対応できるのか気になった。また、取引基本契約の契約不適合責任の記載で、商品によって扱いを変えるというのは、個人的にはあまりみたことがないが、あり得るかなとは思った。
- 第2章。いまさら聞けない契約書に関するQ&A30ポイント。ここについて言いたくなったことがいくつかあったので、この形式をとることにしたのだが(謎
Q1 契約書の書面の要否の話だが、書面なしに契約が成立しないケース(保証など)とか、契約の成否に影響しないが公法的規制で書面が求められるケース(建設業法とか)に触れなくていいのか、気になる。
Q4 契約書のリーガルチェックのやり方などについて。弁護士に依頼すると通常の契約だと2営業日で返ってくるとあるが、そう言い切っていいのか疑問に思われた。
Q5 自社から契約書のドラフトを提示する際の方法。変更要求を防ぎたいからPDFかFAXというのはさすがに今時どうよ、と思う。FAXがない相手もいるだろうし、FAXに手書きで修正されてそそれがFAXで戻ってきたらどうするのかとか考えたほうがよくないか。
Q10 契約締結日欄が空欄のときの問題点。Q22で契約書の変更についての合意をするときに日付と題名で特定するとしているのであれば、空欄のままだと書面の特定がしづらいということもいうべきではないか。
Q17 締結時に最終稿との一致確認の必要性。重要な点(ただし面倒)だが、相手方が意図的に秘密裏に修正をしてくる可能性についても指摘した方がよいのではないか。
Q30 契約書関係の知識を得る機会について。自事務所の勉強会のQRコード付き宣伝が入っているのは商売上手。 - 第3章契約書チェックポイント。ここが本書の本体の模様。
第1節は共通事項。売主・買主視点での修正提案例の提示は有用なのは確か。どういう視点で見るかがわかるので。
1 表題。継続的売買に関する基本契約書と書いたところで、安易な契約解除に対する牽制効果が生じるかは正直疑問。
3 目的・基本原則条項の活用、は、まあ、そうかなというところ。書かれているほどうまくいくかはさておき。
6 担当者条項は、要否に疑義を覚えたところ。人事異動や組織再編等に応じたメンテナンスが必要になるので負担が大きいから(特に契約書の内容修正手続を重くした時きに)、契約書の有効期間全部を通じてやり切れるか事前に考えたほうが良いと思う。部署全体が消えてメンテナンス以前の問題になったこともあるからそう思うのだろうが。
9 相殺条項も、相殺をうまく使うことの重要性の指摘は適切だとは思う。ただ、それぞれの立場から自分側から自分の債権と対当額で相殺可能としているけど(相手側から認めない)、落としどころは、双方から可能になるのかというとどうだろうか。相殺に供する債権の存否及び額について争いがあった時にどうするのか、疑問が残る。
12 個人情報保護の条項は、双務にしろというカウンターの案が記載されていなくてよいのか気になる。取引形態次第ではそうすべき場合もあろうと思うので。
14 任意解約では、解約により相手方が被る損害の扱いについてのコメントがなくてよいのかという点が気になる。特殊な投資を先行しているような場合には問題となり得ると考える。解約前の予告期間があっても、投資回収ができないこともあろう。損害賠償の規定で対応するならその旨記載する方が良いのではないか。
16 契約終了時の措置は、商標等のライセンス契約で、解除時に、ライセンシー側にライセンスに基づき製造された商品の在庫があるときの扱いとかが考慮されていないように見える。後の各論的部分でライセンス契約の項目があるが特許ライセンス契約を想定しているようなのでその点の記載はないようだ。
17 損害賠償のところでは、賠償範囲の制限で直接損害に限定し、間接損害等を除外するアプローチについても言及があってしかるべきではないか。日本法になじまないとしても、そのような記載の契約書の提示を受けたときに対応に迷うことにならないか。
19 存続条項。存続条項それ自体が契約の終了とともに効力を失うという主張が生じる可能性があるので(実際に訴訟でその種の主張が通るかは別にして)、保守的にみれば、存続条項それ自体も存続対象に入れておくべきではないかと考えるのだが...。
24 反社条項。条項例では従業者が反社でないことも表明保証の対象になっている点が気になった。仮に該当していたことが判明したときに、雇用契約が切れるかというところで疑義がありそうなので。
27 適用法令。日本法の適用としても、CISGは除外しなくてよいのか。クロスボーダーのときは態度決定が必要な点の指摘があってもよいのではないか。
29 合意管轄。簡裁も選択肢にしているが裁判官の質の問題(司法試験に合格せずに裁判官になるケースがあることが理由か)の指摘はしておくべきではないか。また、知財事件の例外についても言及があるべきではないか。
32 複数当事者間の契約。この種の記載があるのは、この手の本であまり見た記憶がないが、あると有用だろう。少なくとも問題の所在は認識すべきなので。 - 第2節は売買基本契約書。
1 基本契約と個別契約との関係。常に個別契約が優先かは、やや疑問。逆の場合も想定可能では。調達が価格と引き換えに安易に売り手に妥協する危険などを防ぐ意味で基本契約に定めたことについては、一切逸脱を認めない(代わりに定める範囲を減らす)という対応もあり得るかもしれない。当然のことながら、一定の範囲については、個別契約での上書を認めない(そのほかでは認める)という対応も想定できるだろう。
3 納入条項。コラムで納期遅延時の対応についてのコメントがあるけど、納入する側からすれば納入遅延時の遅延損害金に上限設定をすることも記載しておいた方が良いかもしれないと感じた。
4 仕様条項。契約書のドラフティングの範囲外(それゆえに記載がないかもしれないが)としても、仕様書自体の内容をしかるべき部署(法務ではできない可能性もある)がしていることを確保しておかないと危険な気がする。仕様変更時に納期しか調整しないのかは疑問。変更内容次第では価格に跳ね返るはず。
5 品質保証。メーカーサイドでは社内の品質保証担当部門との間でいかなる義務を負うのかの共通理解が重要だが、その点の指摘がないのは外の事務所だから仕方がないのだろう。売主からすれば、買主指示に起因する部分については責任を限定した方が良いのではないか。また買主側から監査権めいた文言を入れられるのに対しても、実際に来られてしまうと、製造している事実を伏せるように他からもとめられている場合に、問題が生じる可能性があるから、対応を考える必要がある(ラインを分けるなどできるとよいのかもしれないが...。)。
9 契約不適合責任。売り手視点で見ると、契約不適合時の治癒手段の選択権を初手から買い手に与えるのは譲歩しすぎな気がする。まずは売り手の選択権で、というところから始めるべきではないか(外資のときの基本契約約款ではそうなっていた)。
12 所有権移転。債権保全の観点で売り手としては所有権を代金完済まで抑えてのは重要だけど、対象物の性質(劣化が早いとか転売不能とか)次第ではご利益が限定的なことも一言コメントがあってもよかったかもしれない。
15 工具などの貸与。貸す側視点で、貸与物に貸主の所有物であることを示す証票を貼りづつけろ(はがすな)、年一度実査というか棚卸を現地でさせろ、とか入れなくてよいのかという疑問。金型とかはそのくらいしないと危険ではないのかという気がする(チェックポイントにはその点の記載があるが、修正条項例に記載がないのが気になる。)。
19 知財の取り扱い。開示した秘密情報に基づき発明が生れた場合は、明細書のチェックをする権利は抑えたほうが良いのではなかろうか。明細書に秘密情報を書かれてしまうと秘密情報ではなくなってしまう可能性もあるのではなかろうか。想定されている知財が特許実用新案意匠で、著作権についての言及(特掲すべき部分も含め)がなくてよいのかは疑問(この点は後述)。
22 データ提供。修正案の記載がない。紙幅の関係で詳細な説明ができないからということだろうか。H30の経産省のGLへの言及があるが、正式名称(「AI・データの利用に関する 契約ガイドライン」)を書くべきだったのではないか。
23 在庫の確保。VMIに近いような話も書かれている。売り主側からの修正提案がないが、在庫の確保義務を負担する代わりに買主に最低購入数量の義務付けるなどの対案は想定可能なのではないか。
24 補修部品の確保。補修部品を構成する材料などが製造中止などで入手不能、代替品が見つけにくいなどのときには、供給義務を免除するなどの対応がないと売り主は困らないかと気になった。
25 不可抗力。軽減義務まで書かれているのはよいと感じる。 - 第3節は、業務委託契約書(準委任型)。この契約累計特有の部分だけ触れる形式だけど、最後に契約書案全文が出ているのはよい。しかしながら、全文を見てみると、第5条の権利帰属の話はここまでのところでは出てきていないと思われるので、何らかの説明はほしかったところ。できればそれぞれの条文について参照ページを記載してほしかった。そうすれば第5条のところで、説明がないということも気づけたのではないか。
- 第4節は請負契約書。システム開発契約書が取り上げられているが、その他の請負契約書(例えば建築工事請負契約とか)とは異なる部分があるかもしれないが、発注側として接する可能性を考えると企業法務では、妥当な選択とも見える。
4の契約不適合責任の権利行使期間のところは、請負人側は期間を短めに、注文者側は期間に余裕を持たせたほうがいいという程度で、何だかふわっとしていないか。クレームすべきバグなどを見つけるに足りる期間とかになるのではなかろうか。
5 で著作権の取り扱いがあるけど、人格権不行使の話は触れられていないが、章末のひな型には記載があるので、何らかのコメントがあってしかるべきではなかろうか。 - 第5節 代理店契約。とりあえず監査権の規定とかなくていいのかが気になった。メーカーの販売代理店契約ではその種の規定を設けることが多い旨阿部井窪片山本には記載があったのだが...。
- 第6節 建物賃貸借契約。前から順番に読むと個人の連帯保証人が出てくるのはここが最初。極度額設定の話とかは、この次の第7節3で書いているが、この説だけ読むとその点の指摘を見落とす可能性があるので、第7節3参照とかあった方がよかったのではなかろうか。
- 第7節 金銭消費貸借契約。期限の利益喪失条項で契約違反について是正の余地を入れるというのは借主側では重要と感じた。
- 第8節 秘密保持契約。秘密情報の定義のところで開示を受ける側での変更例で秘密情報から除外するものに「法令に基づき開示を強制された情報」があるのは問題のような気がする。どこかの官庁等から法令に基づき開示強制があると秘密情報でなくなり、NDAでの拘束力が一切及ばなくなる危険が生じるので。むしろ法令に基づく開示を許容するだけの規定にすべきだろう。損害賠償のところで謝罪広告の掲載についても触れているのは興味深い。
- 第9節 共同研究開発契約。示される文案は企業同士での共同研究開発を想定しているようにも見え、大学との共同研究の場合だと出願費用の負担などに工夫が必要になることがあるのでその点のコメントがあると良かったのではないかと思う。
- 第10節 ライセンス契約。秘密保持条項の書きぶりが何だか微妙な気がした。
- 第4部 やや唐突な印紙税の解説。わからなかったら弁護士に訊くとかあるけど、それよりもまずは通達とかをちゃんと読めと書くべきなのではないかと感じた。
- 資料編で用語集と印紙税の表。用語集は、あると便利かなという感じ。