本日の何だか(2025/9/12)

呟いたことを基にメモ。

所謂医クラの方々が説明義務違反の判決に怒っているのに接したが*1、そういう先生方の病院にインハウスの弁護士は居ないのか、設備投資しても人への投資はしないのかと疑問に思う。説明義務違反が生じない方法を考えるなり、仮に紛争になった場合は、早期解決が図りやすくなるのではないかと思うし、それにより総費用は減る可能性もあるのと思うのだが*2


裁判所は当事者から出てきたものに基づき判断するのが仕事なので、裁判所の判断に疑義があるなら、裁判所に理解してほしいことが伝わっているかのチェックが最初にすべきことではないか。代理人が就くときは裁判所に伝えるのが通常代理人経由となるので、自分と自分の代理人との理解に齟齬があれば、裁判所に伝えるべきものも伝わらないことになろう*3。そのあたりの確認なしに裁判所に文句を言うのは意味が乏しいのではないかと感じる*4。これらの点を理解する意味でも、かの方面の方々は、文句を言うのであれば、もう少し裁判の仕組みを理解された方が良いのではないかと感じる*5。個々の裁判の仕組みは、相応に意味があって組み立てられているので、それらを踏まえない議論は、顧慮されようがないのだから。

*1:個別の判決に何かを言うのであれば、判決文には目を通すべきではないかと思うが...。

*2:診療報酬を前提にするとそれはしづらいという話も聞くが、羽振りのいいお医者さんをみると、その羽振りのよさを少しそちら方面に割けないのかなとも思ったりする

*3:その意味では、裁判官に医学の知識を、というのも筋が良い議論には見えない。まずは自分の代理人の弁護士に知識をつけてもらうのが先だろう。何より、裁判官が私知(個人的知識)を判断に用いることは、弁論主義の関係で疑義を生むことになるのだから。

*4:いうまでもなく、裁判所が裁判外の事項に判断を左右されてはいけないので、署名運動でどうのこうのというのは有害無益である。

*5:当事者主義とか弁論主義とか主張責任、立証責任あたりの用語は最低限押さえないと意味のある議論をするのは難しいのではなかろうか。