本日のぶつくさ(2025/8/3)

例によって益体もないメモ。

ネット上での何かに長けていても、ネットにないものの扱いがダメだと、十分な成果が出せないというのは、良くある話のような気がする。複数の例があるのではなかろうか。

現状で、それなりに機能しているように見える制度には、自分に理解できるかどうかはさておき、そうなっている必然性があることも多い。そして、その必然性が過去の反省や想定される不具合への対処だったりすることがある。

しかしながら、そのあたりの経緯なり理由なりが、明示されているとは限らないし、その辺の説明がネットでアクセス可能な範囲にあるとは限らない。

とはいうものの、そうした現状の制度を何らかの意味で改めようとするのであれば、そのことを理解し、そういう説明を相応に調べておくべきだろう。

そうした調査と調査した内容の理解、検討を踏まえたうえでの施策立案でなければ、単に気に入らないからイチャモンをつけているのと、価値観を異にする相手からすれば区別ができず、それ故に広い支持は得難いだろうし、何より、防げるはずの不具合を防げないことになりかねないのではないかと思う。

この辺りをどの程度誠実にできるかが、知的誠実さであり、学歴やこれまでの経歴などで「優秀」であったとしても、このあたりを欠くようでは、何かを任せるべきではないような気がする。多くの人に影響の出るような政策などであれば特に。