良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方 【改訂第3版】/ 雨宮 美季 (著), 片岡 玄一 (著), 橋詰 卓司 (著)

著者から献本をいただき*1、一通り目を通したので感想をメモ。ウェブサービスを提供する会社であれば*2、法務はもちろんのこと、サービス運用部署担当者の方々等*3にも目を通してもらっておいて損のない一冊と感じた。

 

2013年に初版2019年に第2版が出て、今回第3版と版を重ねられているのは、それだけ本書の内容への支持があるということだろう。最初に3大文書の意義の説明、次いでありがちな問題への実践的なアドバイス、最後にそれぞれの文書の雛型(見開きで左側に逐条でのコメント付)があり、雛型についてはweb経由でファイルをダウンロード可能という基本的な構造は踏襲されていて、その中身について、全面的に情報の更新と内容の質の向上が図られている*4。増量しても全体で300頁で*5、文章が平易なので、十分に通読可能だろう。

 

最初の3大文書入門については、それぞれの文書の必要性と内容としていかなる記載が必要かを丁寧に、法令の文言も引きながら説いていて、少なくともこの部分については、自社のウェブサービス担当者にも読んでもらう方が良いだろうと感じた*6。図表も分かりやすくまとまっていて良い。

次のトラブルを回避するための注意点と対処法は、20の論点について、実際にあった事例をふんだんに使って、解説がなされている。実際にあった事例が示されることで、企業内法務が指摘している問題点が実際に起こりうることを示しうるので、この点は良いと感じる。対処法もUIのイメージを図で示してくれているのでわかりやすいし、図表の使い方もうまいと感じる。

最後にある雛型及び逐条解説も分かりやすいと感じた。

 

再読してみると、「利用規約」(プラポリ・特商法に基づく表示も含む趣旨で「 」書きしているのだろう)を作るうえで、必要な国内の法令について広くカバーしており、その種の文書の作成時に、まず紐解くべき一冊であるのは間違いないだろう。適宜のタイミングでさらに版を重ねられることを願う次第。

 

最後に、以下細かいことも含め、気になった点を箇条書きでメモしてみる。上記の本書の優れた点に比べれば些細な点ではあるが。

  • カバーの著者略歴のところで、雨宮先生について「司法研修中」とあるのには「司法修習中」ではないのかという点は、前回も指摘させていただいたが改めてメモしておく*7片岡氏については、知ってはいたが、現職が表示されるのは新鮮な印象*8。マンサバ氏については、ブログへの言及が復活したのと、現在の立ち位置が書かれているのが印象的*9
  • 雛型がダウンロード可能と帯に書いてある点は、前回のこちらの指摘が反映されたのかもしれないと思うと悪い気分ではない。
  • 前回もコメントしたが、海外ユーザーとの紛争解決について、日本での訴訟とする旨利用規約で定めるのがどこまで実効的なのかは正直疑問。ユーザー側から海外で訴訟提起されることを防ぐ意味では有効かもしれないが*10、有料サービス提供者が債権回収をしたい場面等を考えると、勝訴判決を得て確定したとしても執行がしづらくなる可能性もあると思われる。むしろ、仲裁判断の執行に関するニューヨーク条約の適用を受けることを前提に仲裁にした方が良いのではないか*11
  • サブスクの進展に伴う実務的な扱い、生成AIとの付き合い方は、定型約款規制との関係での記載などは、2024年上半期時点ではこういう感じになるのだろう。
  • 域外適用ではないが、個人情報保護系の海外法令への対処など、この本の記載だけでは太刀打ちできない部分や、一通りのことはできたとしても、細かい話になってくると対応しきれない部分へのケアとして、何らかの文献案内はあった方がよかったのではなかろうか。おそらくそういうものをいれても反応がないということから落としたのだろうが*12
  • 雛型について【 】表示の意味について、何ら言及がないのはやや不親切かもしれない。利用者が状況に応じて内容を記入せよという意味なのは、契約書の作製などに慣れてくればわかるだろうが...。

*1:したがって、本エントリの記載については、一定のバイアスがかかっている可能性があることをあらかじめ付言しておく。もっとも献本時の送り状には批評してほしいとあることもあり、意図的に提灯記事めいたものを書こうとしたつもりはないことも付言しておく。

*2:最近は、こちらの現勤務先のようないわゆるJTCのメーカーであっても、製品販売に付随してウェブでのサービス提供があるので、一切ウェブサービスを提供しない企業の方が今後は少数になっていくのかもしれない。

*3:ウェブ系の会社であれば経営層にも。

*4:その辺りについては、マンサバ氏のエントリを参照されたい。読者層の変化についての記載が個人的には特に印象的だった。

*5:そのために雛型の英訳版の収録が断念されたのが残念ではある。悪い判断だとは思わないが。

*6:この本をテキストに社内勉強会をしてもよいのだろう。

*7:もし何らかの意図的なものがあっての記載であれば、ご放念いただければと思う。

*8:氏がかの会社に入られてすぐに某事件があり、「持っている」という実感を改めて持ったことも併せてメモしておく

*9:2023年末のエントリの記載から、現在どういう状況におられるのかがちょっと気になっていたので。

*10:本文中に指摘のあるようにそれとても現地での法令適用の結果、そのような利用規約上の規定の適用が否定される可能性は残るが。

*11:前者の観点と、仲裁と定めた場合の実務的な情報の少なさから、本文であるような結論になることも十分想定されるが、そうであれば解説の文章の書きぶりは変わってくるのではなかろうか。

*12:前の版へのこちらの感想として文献案内を入れるべきという話をエントリで書いたのに対してのマンサバ氏のコメントからすれば、そのような判断だったものと推測する。