一通り目を通したので感想をメモ。日本語の法文や法律的議論を英語で説明するのであれば、目を通しても損はないかもしれないと感じた一冊。
大手商社の法務部の管理職から、東大法学部教授に転じられ、その後中大でも教鞭を取られ、法務省の日本法令外国語訳整備プロジェクトにも関与(というよりも、本書の記載からすれば、発案者の一人というべきところのようだ)された著者が、法律文書の英訳術と法律文書の翻訳論等について書いた本、という感じの本。四六版で本文は200ページ弱とコンパクトな本とはいえ、80歳を超えられて新著(さすがに最後の著書だろうとはおっしゃっているが)を出されるというのには驚く。
翻訳一般についても論じられている箇所もあり、そういうところまで関心領域が及んでおられるのもすごいが、本書の主題は寧ろ、日本の法律文書の英訳の困難さとその中での対処法について、というべきで、英語以外の言語も参照しながら論じられていて*1、英語すら青息吐息という感じのこちらからすれば、恐れ入りましたというしかない。
英語への翻訳となると、英語圏、特にコモンロー系の法律になれた読者を想定するとなると、英語と日本語の距離の遠さに加えて、コモンローと大陸法の間での架橋のようなことも多少なりとも考える必要がでてきて、必然的に難易度が高くなるということは、本書の記載から改めて実感する。アプローチ方法の一つとして、本書では日本語の法律用語を独仏の法律用語に訳して、それらの英訳を参照するという方法が紹介されていたが、実際に自分がそういうことをするのは、独仏語への理解がないのでできないが、抽象的には理解可能なところではないかと感じた。その他にも英訳への具体的な取り組み方が記されていて、法律文書を英訳する際には参考になることが多い*2。
いずれにしても、こちらのような浅学菲才からすれば、恐れ入りました、というしかない感じではあるのだが、いくつか気になったことがあるので、順不同で併せてメモしておく。いずれについても本書の本質的な価値を左右するようなものではないが。
- 最近のAI翻訳についての言及がないのは、やむを得ないのだろう。本書執筆時点での法律文書への適用可能性については、ご意見を伺いたかったところではあるが。
- 「上告」と「控訴」の区別や「却下」と「棄却」の区別を英訳に持ち込む必要はないという指摘については(74頁)、個人的には直ちには賛成しかねる*3。言うまでもなく、前者については、上訴後で争える範囲に差異が生じるし、後者については、結論を導く上で考慮された範囲が違っているので、その辺りを区別しないのは、誤解を招く危険があると考える。