ChatGPTと法律実務-AIとリーガルテックがひらく弁護士/法務の未来 / 松尾 剛行 (著)

著者からご恵投いただいていたが、漸く一通り目を通したので感想をメモ*1。いつもよりも冗長であるが、その点ご海容を賜れば幸い。この手の分野に興味関心があるなら読んでおいて良い本だと思う(客観的にみれば良著だろう。)が、2023年6月時点での状況を前提にした書籍*2であることを踏まえると、歴史的記録として読む以外の目的で読むのであれば、早めに読んだ方が良いのだろう。

 

この分野では、関係業界側におられて、ある意味で「業界人」でもある著者*3の著書なので、意図的かどうかはさておき、一定のポジショントークが必然的に含まれるだろうし*4、帯に2040年の法律業務を見据えつつ、等とあるものの、こちらのような50代になると、その頃までそもそも生物として生存しているかどうかすら怪しいこともあって、正直興味があまり持てないし(ここは個人差のあるところだろう。)、技術の進歩というのは、どのみち我々のような下々の外野が何を言っても、著者も含む一定層の方々は*5、その種のものをどのみち勝手に使うだろうし、こちらが気になる側面が仮にあるとすれば、そういう方々はうまく使って概ね問題を起こさないであろうと思われるのに対して、それ以外の方々の間に広まり、使われることにより生じる弊害であって、その辺りはおそらく本書では触れられていないのではないか、そして、何よりも、横文字が多いのに、なぜか縦書きなので、端的かつ正直に言って、読みやすくない*6...そんなこんなが、本書に目を通すのが遅くなった理由というところである。

 

という言い訳は、おおむね本文を読む前に書いたわけだが(前置きが長い)、以下、実際に目を通したうえでの感想をメモする。冒頭に書いたように、2023年6月の時点でのスナップショットであるという点を踏まえれば、読んでおいて良い本ではないかと思う。

 

全体として10章構成で、イントロの1章に続いて、話の前提として技術的な制約の説明の第2章が続く。技術面でも研鑽を積まれていて、この技術を日々使っている著者の説明なので、説明には安心感がある。第3章でこの技術にまつわる法律問題を扱う。要領よくまとめられた手堅い法律論という印象であるが、レピュレーションリスクへの目配りが足りていたか、個人的には疑問が残った。第4章は現状の技術の活用方法について述べられている。出来の悪いリサーチアシスタントとして扱うという指摘は、なるほどと思う部分があったし、著者の経験に裏打ちされた解説には一定の説得力を感じた。ただ、こちらでも実際にかの技術を使ってみたが、こちらのようなこの技術に特に愛着等を感じず、忍耐力もそれほどない人間にとっては、まだまだしんどいので無理して使う気にはなりづらい、と感じた。また、こちらの上記の予想に反し、弁え*7の足りない人間が社内で利用する場合の対策についても言及があったのはさすがというところだが、社内規程等の策定については、なるほどと思う反面、管理の手間が大変そうで、そこまでのリソースが割ける企業がどこまであるのかと疑義が残った*8。第5章と第6章は、これから先のリーガルテックの進展についての展望等が語られる。一定のポジションを取って、関連業界の方々とも情報交換を頻繁にされている著者の見立てには、その手の見立てにあまり興味関心を有しないこちらの目から見ても、一定の説得力を感じるのも事実。2040年時点でもできるようにならないだろうと見立てのある事項があるのも興味深い。第7章と第8章では、第5章・第6章を踏まえて弁護士や法務担当者がどうすべきか、というあたりが論じられている。著者の立場からすれば、こういう説明になるのか、とは思いながら読む。著者のような能力と立ち位置だからできること、も多分に含まれていると思しき点には留意が必要だろう。最後の2章は、2040年の弁護士業務・企業法務について著者の見立て(ポジショントークも含まれているかもしれないが)が語られている。将来のことなので記載の当否は不明だが、従前の各章の記載を前提にすれば、そういう見立てになってもおかしくないのだろうと感じた。

 

こちらのように、その種の技術が広く使われる未来に、自分の望むものがあるかどうか懐疑的にみている層であっても*9、本書にあるような指摘がなされていることそれ自体は、把握しておいても良いのではないか。また、著者の主張するところに仮に全部異議を唱えるとしても*10、おそらく第3章については、かの技術のもたらす問題への対応のまとめとして有用なのではないかと感じた。そういう意味で、本書は読んでおいて良い本だと感じる*11。ただし、技術の進展の速度を考えると、情報の鮮度低下は生じているだろうから、読むならお早めに、ということになろう。

*1:斯様な入手経緯があるため、本書に対するコメントについては一定程度割り引いて読んでいただく方が、無難なのかもしれないことも念のために付言しておく。

*2:「おわりに」を参照のこと。

*3:いうまでもなく、大変多作な方ではあるが、この種の技術の活用がその多作を支えていることが「おわりに」で触れられている点も興味深い。なお、一部ではご本人がchatGPTではないのかという説もあったように思うが、その点はおそらく違うのであろう。

*4:そのこと自体は別に当然のことであろうし、自明のことともいえるので、それに文句を言う話ではあるまい。

*5:いわゆるエリートと呼ばれる層がその中には含まれることが多いのかもしれない。

*6:脚注のフォント数が小さめなのも老眼世代には厳しいものがある。

*7:片仮名で言えばリテラシーというところか。

*8:社内規程の周知徹底のための情報発信という意味では、発信側がこの種の技術を使って手間を省くという発想はありうるかもしれないが、寧ろ、そういう情報を受け取る側について、情報を受け取って消化する能力の限界の制約から、精緻な内規を作っても、消化不良になることもあるのではないか。個々の規則が分かり易くても、規則の数が多くなれば消化しきれなくなる、という事態が生じうるのではないか。

*9:ご恵投いただかなければ、おそらく本書をこちらが積極的に目を通すことはなかったと思われる。その意味でも著者にはお礼を申し上げる次第。

*10:こちらはそこまではしない。

*11:法律書としてはそれほど高価な本ではなく、文章も読みやすく、読み始めれば、通読も容易であることもあってのことだが。なお、保管場所との関係が問題であれば電子版を購入する選択肢もあろう。