実歴阿房列車先生 (中公文庫) / 平山 三郎 (著)

長らく積読だったが*1、漸く目を通したので感想をメモ。百閒に関心があれば必読の一冊。

 

業務上苛立ちを禁じ得ない事態が複数生じ、業務にいささかでもかかわりがありそうな本は一切読みたくない心境だったので、そういうあたりから縁遠い本として、積読山から本書を引っ張り出して目を通してみた。

 

百閒というと、今でいう「乗り鉄」の元祖として、「阿房列車」の数々の文章がある。その際に同行した「ヒマラヤ山系」氏が著者で、そうした立場から見た、阿房列車の実際や百閒及びその周辺について書かれた本。もともと百閒の愛読者だったところで、国鉄職員で国鉄の刊行する雑誌の編集者として、百閒に原稿を依頼するようになったことから、百閒の知遇を得て、その秘書的な立場になり、亡くなるまでその役目を果たされていたことも本書からうかがわれる。

 

阿房列車の中でも、甲斐甲斐しく世話をするかと思うと、適当にあしらったりするし、他方で、百閒について語るときは、本人にとってトラウマとなっていそうな「黒歴史」に見える部分については、あえて触れない等、文章においても、百閒との距離の取り方が絶妙で、万事において気難しい百閒*2の相手を長年できたのも、その辺りの塩梅の良さゆえのことなのだろうと実感する。阿房列車の中で面白おかしく語られる山系氏についての話も、ご本人にはご本人の事情や考え、百閒への配慮があってのことだったりするので、本書にある山系氏側の説明を踏まえるとより阿房列車が楽しめるのではないかと感じる。そういったあたりも考えると、百閒に関心のある向きにとっては本書は必読といえるだろう。

 

百閒が老齢で万事衰えていく中でも、最後まで世話をしている様子を述べるあたりにも、百閒に対する尊敬と愛情が感じられる。50代になると自分が将来衰えていくのが現実として「見えてくる」わけで、そういうところで、ここまで甲斐甲斐しく面倒を見てもらえる関係が作れているのは、単純にうらやましく感じた*3

*1:10年単位で積読のままの本もあるので、相対的にはそれほど「長らく」ではないのだが、購入時から約3年経過しているので、客観的には「長らく」と言えるのではなかろうか。

*2:紹介されているいくつかのエピソードを見ているだけでも、付き合うのが大変なのがよくわかる。

*3:百閒も別に我儘を押し付けるだけではなく、山系氏が夜学で大学に通うよう手配や学費を負担するなどしていたので、その辺りも込みでのことなのは言うまでもない。