研究・製造・販売部門の法務リスク /松下電工 (編集)

留学前に持ってはいたものの、当時メーカー勤務ではなかったことから、留学時に処分してしまい、最近になってようやくブックオフで再度入手したもの。一通りざっと目を通したので、感想をメモしてみる。2005年刊行と古い本ではあるけれど、メーカー法務であれば、手元にあって損のない一冊。

 

研究、製造、販売の3つの部門において、場面ごとに問題となりそうな点について、問題の所在、法的ポイント、リスク回避のために採り得る手段、などを簡潔にまとめている。これらをマトリクス状にまとめている目次部分からして秀逸だし、解説に使う専門用語について、巻末の用語集で説明しているのも念入りという気がする。こうした書籍の形にまとめ上げる企画力というか、法務力の大きさに素直に敬意を表する次第。

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それぞれの解説については、ざっくりと結論的なことしか書いておらず、具体的な条文番号の指摘もない。詳細は専門部署に相談という形にしているところもある。読み手が法務以外の人ということを考えると、この程度の説明で足りるという割り切りは、一つの判断としてあり得るものと感じるし、研修などの時の資料の在り方としても参考になる。また、場面ごとの前提でも同じ説明を複数の箇所でしているところがあるが、これは、そもそも読者が拾い読みをする前提なので、抜け漏れを防ぐ意味では必要なことだし、特に読者に本書の通読を期待しないとなれば、妥当な判断だろうと思う。

 

そうはいうものの、法務担当者の眼から見ても、学ぶところのある記載もある。こちらの目から見て印象に残ったものをいくつか、網羅的ではないが、メモしておく。

  • 何らかの関係の終了時の措置について、手厚めに書かれているところ。なし崩しになりがちなところと感じているので、そう感じるだけなのかもしれないが。取引終了時には必ず書面化せよという指摘には、耳が痛く感じるものがある。
  • 調達については、必ず複数の取引先を確保せよという指摘も、BCPも含めたリスク管理として重要と考える。どういう理屈付けであれ、本書が刊行された2005年時点からこの点を重視すべきとしているのは、流石とも思ったりする。
  • 独占禁止法に関しては「抜け道」があるに違いない、という発想は最も危険”、”都合の良い情報はリスクの宝庫”、など、わかりやすく、端的な指摘が随所に見られる点も印象的。

 

こうした反面で、そもそも本書刊行時点ではあまり意識されていなかったためか、論点として出てこないところもある。こういう点への言及がない点は、時の経過を感じさせるものでもある。

  • セクハラ・パワハラなどのハラスメント系や過労死対策の労務管理周りが抜けているし、偽装請負とかの話もない。労務周りが弱いのは、松下電工(今のパナソニックの一部)においては、労務周りは法務の関与なく労務で直接対応していたから、なのかもしれないし、そうだとしても不思議な話ではないだろう*1
  • 暴排条項を入れるという話もない(反社との関係遮断の必要性は指摘されてはいるが...。)。
  • (当然のことながら)紛争鉱物とか現代奴隷法のようなグローバルな新し目の話もない。

 

それ以外の部分でも、個人情報保護周りの話などは、今の眼で見ると、もっと突っ込むべきではないかと感じないでもない(GDPRも何もない時代のものだからやむを得ないのだが。)。願わくは、法令改正も含め、昨今の状況を踏まえた形で改訂をしてほしいところなのだが、かの会社の方々にそれを期待するのは難しいのだろうか...。

 

*1:同様にメーカー法務の本なのに建設業法周りの解説が厚めなのも、かの会社が製品の取り付け工事まで請け負うことがよくあったことの反映と理解できるだろう。