伝わる英語表現法 (岩波新書) / 長部 三郎 (著)

TLで話題となっていたこともあり、近所の書店で予約して購入した。一通り目を通したので感想をメモ。日本語から英語にするという営為をする際には手元にあるべき一冊。

 

ざっくり言うと、通訳として活躍されてきた著者が、日本語と英語の差異を踏まえて、自分の考えを外国人に伝わるよう英語で表現するための方法について解説する本、というところになろうか。2000年に出た本で、事例として取り上げられている時事ネタが分かりづらかったり、「生」の英語に接する手段としてのインターネットに触れられていない、というところに違和感を覚えるということはあるかもしれないが、説かれている方法は普遍性のあるものなので、先に上げた点は無視できる。

 

本書では、日本語と英語の差異について、英語は「具体的」「説明的」「構造的」であるとしたうえで、その違いから、日本語を逐語的に英語に訳しても不十分とする。そのえで、日本語で書かれている内容をいかにして伝えるかということを考えて、単語から、文(センテンス)、文章の単位で表現すべき内容として把握する単位を変え、英語で表現する仕方も切り換えることを説く。

 

具体例は本書で確認するのが良いと思うが、確かに実例で示されると納得する。僕自身は、こういう発想は、東大の入試の英作文で有用だよな、と想起した。日本語らしくそのまま逐語的に英語に置き換えても、伝わるべきものが伝わらないので、和文和訳をして考えるということが説かれる(僕もそう指導された記憶がある)ことが多いが、それをさらに緻密にするためには、本書で説かれているような思考過程をたどることになるのではなかろうかと思う*1

 

とはいうものの、本書を離れたところでこの方法論を貫徹するには、日本語そのものへの理解の高さや語彙の豊富さが必要になる気がしていて、その点が不十分だと、上手くできないのではないかとも感じた。翻訳という営為自体にそういう要素を多分に含んでいるものと理解するので、ある意味では当然のこととも感じるのだが。新書版の本書を一度読んだ程度でできるような話ではない。本書を繰り返し紐解きつつ、精進することが必要であろう。

 

本書の優れた点については、既にプロ視点での紹介が出ているので(そちらでは、所謂英作文以外の領域での本書の有用性についても説かれている。)、そちらも併せてご覧いただきたい。いずれにしても、日本人として頭に日本語で浮かんだことを英語に表現するうえでは、手元にあるべき一冊と感じる。

*1:なお、この種のアプローチは、契約書等法律文書の翻訳に対しては、採用することに慎重であるべきだろうということも付言しておく。元の日本文が、通常の日本文と異なり、構造を持って起案されていて、その構造自体に意味があることが多いから、本書で説かれているような方法論を適用した結果としてその構造が変わってしまうと、法律上の疑義を生じさせかねないからである。