特捜検察の正体 (講談社現代新書) / 弘中 惇一郎 (著)

#up後に若干の加筆をした。

読むのに手間取ったが一通り目を通したので感想をメモ。企業内法務であっても、控えめに言って手元に置いておいて損のない一冊。

 

高名な刑事弁護士の著者が、主に自身の体験に基づき、特捜について述べた一冊。特捜のやり方*1の特徴を著者が体験した事件での事例などを基に説明する部分が本書の大半を占める*2。読むとやり方のえげつなさに慄然とし、怒りを禁じ得ないが*3、一旦決めた目標(起訴→有罪判決確定なのだろう)に向けて、途中で立ち止まって振り返ることもあまりなく、なりふり構わず、法も倫理も無視して、まさしく「なんでもあり」な、そのやり方は、日本の企業組織と重なる部分もあるような気がする*4。悪い意味で、優れて日本的な組織なのかもしれない。敢えて日本の企業との違いを述べるなら、公権力を背後にしていて、法による牽制が効いているように見えない点だろうか*5*6

 

こういう手合に一旦狙われたら、何をされるかわかったものではない、と思うが、他方で、この手の事情を知らない一般の人は、検察というか公務員一般を信用しがちなので、注意が必要と感じる*7。企業内法務で、自社の関係者が、その種の事件に巻き込まれたときのことを考えると、関わる羽目になった方に、本書の内容をお伝えする(仮に時間的な余裕があれば、本書を読んでいただく方が良いのかもしれない)ことで、予期せぬ事態が生じるのを防ぐ、または、そこまで行かなくても、不利益が生じる危険性を減らす事ができるかもしれない*8。そういう意味で、目を通して、手元に置いておいて損のない一冊ということが言えるだろう。

 

本書の最後の方で、こうした組織をどうするべきか、ということにも触れられている。特捜解体論が説かれているのだが、各種の不祥事から学習して改善するということが見られない以上は、それ以外の結論はありえないのだろうと感じた。もっとも、かの組織と現政権との関係を考えると、少なくとも現政権でその種の事態が生じることは、極めて考えにくいのも確かだが…*9

*1:「手口」という表現のほうが適切かもしれないし、事実、本書ではそう表現されている。

*2:もちろん著者もある意味で「当事者」なので、物事の評価に関する部分については、一定の偏りがあるのかもしれないが、その点を割り引いたとしても、本書の主な主張については影響は生じないものと考える。

*3:だから読むのに手間がかかったのだが…。

*4:なんでもあり、だからこそ、本書もいつ出版が停止されるかもわからないとも感じる。そういう意味でも、まずは本書を入手しておくのも良いのではないかと思う。

*5:厳しい見方をすれば「反社」の類と見たほうがよいのかもしれない。

*6:もちろん、こうした「病理」はかの組織だけの問題ではない。検察全体や警察にも同様の「病理」が程度の差こそあれ、広がっているのかもしれないし、また、こうした「病理」の蔓延を許しているのは裁判所や立法府が責めを負うべき部分もあるだろう。本書ではこうした部分についても一定の言及がなされている。

*7:厚労省の村木さんの事件で、かの省の方々がその種の発言をしているのも出てくる。

*8:自衛策についてもアドバイスは書かれていて、内容的には理解できるものの、ある種の極限状況下でこれを貫徹するのは難しいと感じる。できる範囲のことをしたうえで、然るべき刑事専門の弁護士(通常の弁護士だと検察の「恫喝」に対抗しきれない可能性があることも本書では指摘されている。重要な指摘と感じる。)に助けを仰ぐのが適切と考える。もっとも、そういうことが頼めるだけの資力が必要なのが現実だろうから、そちらの手も常にできるとは限らないのが悩ましく感じるところだが。

*9:本書冒頭で指摘されているように、昨今の某競技大会に関する贈収賄事件で首相経験者に何ら捜査の手を及ぼせないのであれば、そもそも特捜の存在意義そのものが問われるべきだろう。言い訳のように小物の政治家を追求してお茶を濁している場合ではあるまい。