企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務 / 幅野 直人 (著)

通称幅野本を読みながら感想を呟きつつ、最後まで一通り目を通したので、呟いた内容を基にエントリにメモしてみる。

 

契約書レビューの時に参照する本として定番化している阿部井窪片山本にたどり着く前の「最初の一冊」として秀逸なので、契約書のレビューをするなら間違いなく手元にあるべき一冊。

 

著者の次の呟きに接し、これは買わねばと思った。買ってすぐ目を通し始めた。

 

外の弁護士視点で初心者の弁護士向けに書かれた本としては、すごく秀逸と感じた。企業内法務の担当者にとっても秀逸だと思う*1。特に、ある程度経験を積めばそのうちに理解できるであろうことが、丁寧に書かれていて、OJTとかがないときには一定程度その代用になるであろう点*2や、文言の代替案の切り口も示されている点が良いと感じた。阿部井窪片山本を片手に契約書の作成・内容審査ができるようになるための一冊として優れていると感じる。若手であってもベテランであっても*3、契約書作成、レビューをする上では手元にあるべきと感じた。

 

以下、読みながら呟いたこと等*4

  • 「はじめに」で書かれた狙い以外に、上司として部下に指導する立場になった人が、指導の際のテキストとして使うというような使い道は想定可能な気がした。
  • 第1章。1 契約とは?。この辺りを丁寧に書いていただいているのは、良いと感じた。説明しようとすると面倒なので。
  • 2 契約書とは? 契約と契約書と分けて説明しているのは良いと思ったが、書といいつつも、昨今は電磁的なものも含めて考えるあたりは一言あってもよかったかも。書面性の要請については、業法上の要請について(例:建設業法19条)も一言あってもよかったかもしれない。また、収益認識との関係も一言あってもよかったかもしれない(この辺りは現勤務先だと経理に振るのであまり理解していないけど)。税務とか会計周りで不都合が出ると、スキームから変えないといけないという話になって、そうなると時間を食うので、最初に内容を見る人間がある程度理解していた方が望ましいと思う。
  • 3 契約書締結までの流れ。一般化して書きづらそうだけど、一つ?と思ったのは、契約の内容次第では、企業内の意思決定プロセスの重要性が高いという点(役会決議とか開示とか)についても触れておくべきかと。契約締結までのスケジュールにも影響する話なので。
  • 第2章。はじめに、と、コラムは、まあそうだよねという印象。コラムでの「これまでは意識しなくとも自然に身についていたはずの能力が、今後は意識的に研鑽を積まないと身につかなくなる可能性が高い」との指摘には同意。管理職としては自分の下にいる人との関係でも重要。
  • 2については、契約交渉、合意形成とは別に、自社内の意思決定プロセスとの関係についても記載があってもいいかもしれない(合意形成に、自社内での合意形成が含まれるのかもしれないけど...)。前記のとおり、案件規模によっては、取締役会決議とかいる場合もあるので。
  • 3については、原則論はご指摘の通りかと。ただ、雛型がないときに、雛型にする前提でドラフトを準備するのは、個別の案件に対応した記載にどこまで汎用性があるのかを見極めないといけないので、初めての類型の話のときは面倒そうな気がするけどどうだろうか。
  • 4の契約レビューの目的のところで先に述べた書面性の話や電磁的記録の扱いは出てくるけど、そこはもっと手前で触れた方が良かったかも。当事者の意向の反映は、その通りだけど、当事者特に事業部門の担当者レベルだと、その取引への理解が薄くて何をしているのか理解していないこともある。そういうことを考えるとここでいう「当事者の意図」はある程度規範的な評価の入ったものとみるべきかもしれない。取引の状況からみて、当事者の意図としてあるべき意図というところか。適法性の確保の対象は、いわゆるソフトローの類も含む場合もあることは一言記載があってもよいのかもしれない。不利にならないようにする、は、時として曖昧さを残すことにつながる(曖昧さを排除しようとしたら交渉力で不利な着地になる)可能性があることはさすがに1年目には厳しいかもしれない。実効性の確保のところは、事業部門側が自分たちが何をやろうとしているのか十分理解できていないときには(そういうことがあるというのがこちらの経験)、結構大変。情報の交通整理からやらないといけないことがある。
  • 5 契約書レビューの形式は、WORDの使い方や実際のレビュー結果のサンプルが示されているのが良いと感じた。WORD以外で来たときは、今だとWORDに書き出すことが多いような気がするけどどうだろうか。上司向けのコメントについての指摘も重要と感じる。
  • 6 レビューにあたっての留意点は、本書の読みどころの一つだろう。むやみに修正しないことの重要性を理由付きで説明しているところは重要。修正提案の出し方の例も具体的でわかりやすい。実効性の確保や最終確認のためのチェックリストも有用。想像力を働かせることの重要性が説かれることもよい。
    他方で、交渉力に差がある場合にも交渉を試みるというのはやや疑問。交渉力の差が大きいと交渉自体できないことも多いと感じる。その場合契約書のレビューは現状の実務の下でこの文言で運用した場合に生じ得るリスクの指摘と自社側での対応策についての協議となろう。見方が変わる場合がある。
    問題が起きた時に協議する、という形を取らない方がいいというのも、交渉力が弱いときにはそれ以上は書けないということもあり、交渉の余地すらないよりは、協議の場を設けられるだけマシということもあることは留意しておいてよいと思う。
    実効性の確保のところは、書こうと思うともっといろいろある。稟議等のスケジュールへの言及があるけど、企業内で見る場合は、最初からこの辺りのプロセスを意識しないとそもそも自分の作業の持ち時間とかを読み間違うことになるので、もっと手前で言及があった方が良かったかもしれない。
    最終確認のチェックリストも、細かく拾ってくれていて、いずれもなるほどと思うけど、それでも気づくことはあろうかと*5。例えば、当事者については、そもそも交渉相手と契約相手が異なるような事例もあるので、そこも注意が必要かと。親会社が交渉するけど契約は子会社とかいうこともあるので*6
    紙に出力して確認することも挙げているのは個人的には良いと感じる。モニタ上で見ていても気づかず、紙に打ち出してみて初めて気づくことが僕の場合はあるので。
    コラム3つのうち最初の2つはある種「お約束」だけど、表記ゆれの中でも注意すべきものとそうでないものがあるという指摘は重要と感じた。形式面の修正の要否についてのコメントも、なるほどというところ。
  • 第3章。締結時の留意点。1契約締結日。バックデートは、本来不要のはずというのは、そうかもしれないけど、諾成契約で効力は生じたものの、書面化が遅れただけとみるとやむを得ないときもあるかなという気もする。ただ、仮にやるとしても、会計年度をまたいだり、人事異動などで署名者(押印名義)の人間やその肩書に変更が生じた場合は、問題が生じやすいのは確か。その際法務以外の視点での確認も必要になることがあろう*7
  • 2 署名欄に関する留意点。かなり厚く書いてあるので、有用。シャチハタのダメな理由とか考えれば納得だけど、ここまで書いてあるのは見た記憶がない。電子署名は指摘の利点はあるけど、結局特定の人間にクリックしてもらう手間が実は面倒というのは指摘してあってもよいかも。外資の時にサイナーがグローバルに動き回っているのを捕まえるのに難儀したことがあるので、余計にそう思う*8。特定の時点までに締結しないといけないときには結構焦る。この点はサインなりクリックなりをすべき人が偉くなればなるほど面倒になる。偉い人ほど多忙なのが常なので。
  • 第4章 1と2はまあ、そうだよねというところ。3の指摘も重要。つい、「タイトルなんて飾りです。偉い人にはそれがわからんのです」といいたくなるが、どこまで通じるのやら(汗)。
  • 4は「甲」「乙」が分かりづらいという指摘も重要。間違えるリスクはある(別途呟いたように過去の勤務先でその手の事例を見たことがある)。
  • 5の契約の目的については、特に債権法改正後は重要度が増したこともあり、指摘があるのは良いと感じる。
  • 6の定義の所では、定義の中にしれっと権利義務についての規定を入れるのは避けるべきということもあってもよいかも。メンテナンスがしづらくなる(メンテナンスの時に見落とす危険あり)ので。
  • 7で一般条項と、当該取引類型固有の条項、当該取引それ自体に固有の条項という分け方をしているのは、おおっと思った。後2者を区別できないと当該取引類型に適用する雛型とか作れないはず。
  • 8 一般条項。秘密保持については、公知情報等の位置づけを一律秘密情報から除外するか、秘密保持義務の除外対象とするかにつき別途やり取りがあったけど。官公庁の要請での開示は、秘密保持義務の除外対象にすべきで秘密情報から除外してはいけないというのはよく見るミスなので言及してもよいかもしれない*9。ちなみに証券取引所は官公庁ではないということも指摘があってもよいかと。開示とかに絡みそうなところでは問題となるので。
    解除・期限の利益のところは、倒産との関係で効力に制限が生じる可能性については...1年目の時点では気づかなくてもよいというところだろうか。損害賠償のところでは、限定の仕方の切り口の解説は良いと思うけど、英米法系で見るような間接損害とか、ああいう区別への言及があってもよかったかも。
    不可抗力のところは、不可抗力事象が生じた場合の手続(相手方への通知等)を規定している場合があることは触れてあってもよいかもしれない。譲渡禁止特約については、金を払ってもらえるからこそ相手がいうことを聞くという関係性への言及があってもよいかもしれない。
    紛争解決条項のところでは、機関仲裁を選択する場合には当該機関の推奨文言を使うことを考えるとかあってもよかったかもしれない。
  • 5章。NDAについて。締結を検討する場面・使用する場面の解説から入るのは、初心者にはおそらくわかりやすいのではないか。NDA締結後に取引にかかる契約書を締結した場合における関係の整理の仕方への言及があるのは良いと思う。かつて悩んだことがあるので。目的の規定が広すぎる場合、狭すぎる場合双方の弊害について記載があるのも、安易にどちらかに振るのを戒める意味でもよいと思われる。秘密情報の範囲の定め方のバリエーションが示されているのもよいと感じる。除外事由のところで、例の間違いについての指摘があるのも、取り扱いの定め方の具体的な記載があるのも、良いと思う。義務の例外では、寧ろ受領した情報が自社及び自社の関係先のどの範囲で共有する予定か確認したうえで、その範囲で共有できる形になっているかという視点で確認すべきという形の方が良いかもしれない。違反の効果との関係では英米法的な考えを前提にした表現についても言及があってもよいかも。NDA審査がほかの法的問題発見の単著となるという指摘は、NDA審査の重要性を知らせる意味でも重要。NDAで出てくる話としては難易度は高いけど、残留情報とかの扱いとかについて触れるとかもした方が良かったかもしれない。NDAについては1年目とかでも任されることがあることを考えると。
  • 6章 業務委託契約。適用場面の説明、委託と請負の区別の説明から始まるのは良いと感じた。委託と請負の区別は言うほど簡単ではないことにも触れられているのもよいと感じた。偽装請負や下請法(公取テキストへの言及があるの良いと感じた。)、フリーランス保護新法等よく問題になる法律についての言及があるのもリサーチの端緒とできるので良いと感じた。レビューのポイントとして業務を具体的に記載することの重要性が実例と共にあるのもよいと感じた。実際書くと悩むけど。ただ、成果物の引き渡しが予定されていない場合に、報酬の支払いが実体のないものとして税務上疑義が生じないよう、支払の証憑としての報告書の徴求の重要性に触れてもよかったのではないか。
  • 7章 取引基本契約。有体物の取引前提のものに見えるが、それ以外のものって個人的には見たことがないがなくはないのだろう。メーカーの場合は、品質保証については別途品質保証協定とかを締結することの方が多いか。一定期間内に返事をしない場合には個別契約が成立するという規定については、その期間内に返事ができるかの確認は重要。盆暮れなどの長期休暇時も含めて対応できるかは確認すべきということは、触れておいた方がよかったかもしれない。個別契約との優劣関係について、どちらを優先するかのプロコンが書いてあるのは重要と感じた。最後は「決め」の問題だけど、利害得失を理解したうえで決めるのが重要。
    契約不適合の製品でも、状況次第では引き取ることがあり、そういう場合の規定がある(特別採用という言い方をすることが多い)ことも触れてあってもいいかもしれない。メーカーだとよく見るので。
  • 全体として渉外的な要素はあまり含まれていないが、まずは国内の契約を見れるように、ということだろうし、それは至極もっともな気がする。

*1:純粋に企業内法務担当者向けの視点で考えると、僕ならば、こういう書き方はしないだろうなとか、もっと厚く書くだろうと思ったところもないわけではない。想像力を発揮して、というようなところはもっと具体的に書くだろうし(前提となる取引スキームや事業の理解の重要性についてはもっと書くだろう。)、会社の意思決定プロセスとの関係や収益認識基準との関係についても、触れるだろう。こういう本を書く機会があると面白いと思った。

*2:章ごとに末尾に演習問題があるのが有用かもしれない。

*3:ベテランは後輩に指導する際にも使えるので。

*4:どうでもいいのかもしれないが、途中で擬古文先輩からさらっと、エントリでプレッシャーをかけられたような気がしたような...。読みながら呟いた感想が深い省察とかであるはずもないわけで(苦笑)。なお、途中から、話が細かくなりすぎた感もあるので、細かい点はこれでも端折ったので、網羅的な何かではないことも付言しておく。

*5:このリストは最終段階で外形的にわかりそうなところだけのチェックなので、実質的なことをあれこれ言うのは不適切かもしれないけど(汗)。

*6:この他に、更に思いつくことをいくつか挙げると、既に締結済の契約書への言及する際に言及対象の特定にミスがないかの確認の記載があるが、内容的な整合性の有無の確認も必要で、漫然と締結すると複数の契約書のいずれかの定めには必ず違反するという事態も生じ得る。送金に要する費用(振込手数料)の負担は明文で定めないと、送金時に揉めがち。なお、この点は6章、7章では触れられていた...。

*7:新年度に入ってからバックデートで古い年度の日付で契約するような場合は、会計上可能かどうかのチェックが必須だろう。

*8:外国人相手の場合、休暇の際にはそもそも一切メールを見ないということすら想定されるので、この辺りまで把握していないと、締結が遅れては困る時には面倒になる。

*9:ここは5章で言及があった。