売買契約を見る視点について

頭の整理のために、整っていない思い付きをメモ。

ちくわ先生のこちらの呟きを見て、こちらなりの何かを書いてみようかと思ったのでやってみたものを順不同でメモしてみる。

 

日本法(CISGは除外)前提で有体物の売主側から見る場合の単発の売買契約*1のポイントというか、モノの見方ところになろうか*2。個別のチェックポイントよりももう少しふわっとした何かという感じ。

  1. 売買対象物について:モノの性質によって、リスクの分布は異なるはずだから、取引しているモノがどういうものか、を理解することは必須のはず。モノを見る切り口としては、順不同で次のようなものがあろうか。リスク分布に応じた契約上の手当てが必要となる場合があるのはいうまでもない。
    1. 転売可能性:債権保全という観点からすれば、この辺りは押さえる必要がある。こちらのエントリでも取り上げたが、生鮮食品のように足の速いモノや他に買い手が想定されないものについては、転売の余地がないことがある。そうなると、所有権留保や所有権移転の時期を遅くして債権保全をする意味が減じられることはいうまでもない。
    2. 保管可能性:前記の観点もあるが、仮に転売可能でも、商品の価値を保つために特段の保管措置が必要なこともある。例えば、空気に触れると劣化するようなモノをやり取りする際には、空気を遮断した形での保管が必要となろう。そういう場合には、契約上、特定の保管措置を講じることを相手方に義務付けしておくことも選択肢たりうるだろう。
    3. 取扱の注意事項:前記の事項とも重なるが、それ以外の観点から保管等に注意が必要なこともあろう。例えば、粉モノの取り扱い時に、粉塵爆発を防ぐ措置を講じることを相手方に義務付けることが必要なこともあろう。危険負担移転前に事故が起きて、滅失等してしまうと困るから。この辺りは、契約上手当てをするのも手だが、それよりも、契約締結前にDDのようなことをして、手当てが不十分であれば、契約を締結しない、という対応もあり得るのではないか。
    4. 用意できるのか:モノの引き渡しを要する契約である以上、引き渡す対象物を引き渡すべき時期に引き渡せるかどうか、契約時点で対象物が手元にない場合は、引き渡す時期までに用意することができるか、が重要でないはずはない。
      1. 製造スケジュール:所謂リードタイムとかの兼ね合いが問題となろう。自社の義務の履行が完了するまでの全過程が視野に入っていないと判断が難しいかもしれず、製造上重要なモノの調達も絡むとサプライチェーン全体も視野に入れる必要があることもあるかもしれない。契約書の規定ぶりというよりも、契約締結そのものの時期が問題となることもあろう。プラントとかの場合は、定期点検で運転が止まるようなこともあるので、その辺りのスケジュールを確認した方がいい場合もあるかもしれない。
      2. 許認可:取るべき許認可があるか、出すべき届出は出ているか、というあたりも、重要な場合があるかもしれない。国をまたいで引き渡しを行う場合には、輸出規制との関係で許可などが必要なこともあろうし、その場合には許可取得が間に合うのか、間に合わない場合の契約上の手当てができているか、確認が必要であろう。
      3. 権利:特許とかのライセンスの有無。個人的には気にする必要があった事例には接したことはないが、他社からのライセンスインを受けているような場合には、ライセンスが有効な状態かの確認が必要な場合があるのではないかと思う。
  2. 当事者について
    1. 契約相手方と交渉相手方の関係:交渉している相手と契約当事者が同じではないことがある。B2Bで買い手側がグループ調達とかをしているケースとかがその例だろう。結局誰が契約相手になるのかはきちんと確認する必要がある。与信とかもそうだろうけど、契約不適合の時の相手方が誰になるかも時として重要なこともある。
    2. 相手方の契約当事者としての適格性:代金回収以外の観点でも、契約相手として適切かどうかという検討は必要だろう。一番わかりやすいのは反社チェックだろうが、それに限った話ではない。
    3. 相手方についての与信:契約の相手から対価を回収することを考えると、この相手から代金を回収できそうかということは少なくとも考える必要がある。極端にいえば、こちらが換金可能な資産が有しているかとか、そういうあたりまで考えるべき状況もあるかもしれない。
    4. 相手方に関する取引履歴:過去にトラブルのあった相手については、慎重であるべきだろう。特に製品の品質について、クレーマーめいた対応をしてくるなどの場合には、注意が必要だろう。もっともそれは契約書の文言以外のレベルでの対応も含むことになろうが。
  3. お金周りの話
    1. 対価:確定額で記載できるならそれでよいのだが、何らかの事情でそうできないときもある。
      1. 決定方法:その場合は、何らかの形で価格の算定方法について合意する必要があるが、合意内容の解釈に幅が生じるような規定の仕方は避けたいところ。
    2. 対価の事後的な変動の可能性・必要性及びそれらへの手当て:契約締結後の事情で対価の増減を求めたいときは、それが可能な規定になっているかの確認が必要。どういうときに増減を求め得るのか、増減の計算の仕方はどうなるのかというあたりも時として重要になる。
  4. 納入周りの話
    1. 納入方法について:大型機械の売買のような場合は、納入に際して、重機などの準備なども含め、相手方との調整が必要になろう。それらをどうやるかは確認しておくべきかもしれない。運用でカバーすることが多いとは思うが、その辺りがきちんと調整できるのであれば、不可抗力とかを含め引き渡し時に、文言上問題となり得る条項があっても、実務上回避可能ということもあるだろう。
    2. 検収」方法について:「検収」なる用語があいまいだ、という指摘に最近接したが、本当だろうか。法務が理解できていないだけではないのかという疑義は持つべきだろう。その際、実際に「検収」作業に従事する方々が、実際に作業する内容を正確に言語化できるかどうか、疑義がある点には留意が必要だろうが*3。現場で実害が生じず、ストレスなく使われている用語に、門外漢が安易に介入することには抑制的であるべきなのではないかと感じる。
    3. 所有権移転について:別途エントリにしたが、債権保全の目的で所有権留保を行うことに、個別具体的な状況下で、どこまでの意味があるのかは考えておくべきと考える。
    4. 危険負担について:納入物の占有が相手方に移転したのちに危険負担だけが残ると、一般的にはリスクは高いように見える。しかしながら、リスクのありようは、納入物の性質や実際の相手方における管理状況によっては、異なるものとなり得ることに留意が必要だろう。
  5. 契約不適合について
    1. 「契約不適合」の判断基準
      1. 契約目的:目的を秘したいときに問題になることがあるかもしれないと感じるがどうだろうか。
      2. 仕様書その他の書類との関係:製品及び製造プロセスに対する知見が乏しいことの多い法務にとっては、仕様書周りはある種の「ブラックボックス」になりがちだし、それゆえにそこの記載まで含めてチェックすることも少ないのではないか(僕もそうだけど)。ただ、仕様書に何が書いてあるのか、書かれていないのかを把握していないのはリスクが残るのだろう。
    2. 不適合と判断された場合の扱い
      1. 救済手段について:修理、交換、返金というのがとりあえず思いつくが、そのすべてを認めるのか、前2者の場合、対応後の契約不適合でないことの保証期間をどうするのかとかは考える必要があるのだろう。なお、返金の場合は、入金済の金額から、という限定を付ける必要があるかもしれない。
      2. 救済手段が複数ある時の選択主体について:こちらに選択権があることが望ましいだろうが、そうもいかない場合が多いだろう。
  6. 損害賠償について:上限を切るとか、間接損害の類を除くとかそのあたりをどう考えるか。上限の切り方も、状況を見て考える必要があるのだろう。
  7. 契約の成立および契約からの離脱について:成立については、社内手続きなどの履践の表明保証とかは想定可能だろうが、それよりも離脱の余地をきちんと残すことの方が重要な気がする。特に納品までのリードタイムが長いような場合は。特定の解除事由に該当したら解除可能というのは、解除事由該当性で争いが生じるので、事前通知で理由なし解除を認める方が使い勝手が良いのかもしれない。また、解除後の扱いについても注意が必要なことがあろう。仕掛品の扱いとかも出てくることがあるので。

追記)

メーカー法務の大先輩のtakano utena先輩からご指摘をいただいた。おそらく、ご指摘があるのではないかと思っていたが...。なので、いくつか箇条書きで補足する。

  • 債権譲渡禁止条項は、メーカーだと入っているのが通常かと。買い手側からすれば、資金的に危険ということを察知(サポートするなり次を探すなり)するための条項として必要なうえに、そもそも金を払うから、言うことをきくという関係性を考えると、入れないという対応はリスクがあると感じるだろう。
  • 検収として実際何をどこまでするか、というのは、モノの性質次第ではないかと。機械設備の売買の場合は、実際にモノを作ってみるところまでやる場合もあるだろう。
  • 検収の結果判明した不具合の対応については契約不適合で処理が分かりやすい気はするものの、そもそも判明した現場で何とかするなら、文言以前の問題かもしれない。
  • 買手からすれば、サイレントチェンジを防止する必要を感じるところは多いだろうし、それについては、所謂4M変更に承認を求めることで対応するのではないか。ただ、売り手のメーカー側からすれば、コストダウンを求められる中では、変更の自由度も欲しいところで、特に、承認に時間がかかるとなると、納期との兼ね合いも考えると余計に自由度が欲しいかもしれない。
  • 支払条件のうち、金種、サイトについては、業界相場もあるし、その相手との他の取引の兼ね合いもあるので、個別検討かと。あまりサイトが長いなら、利子を取れと言う議論も出てくるところもあるかもしれない(米系でその種の議論をしたことがある)。
  • 個別具体的な契約内容を踏まえないといけないところ、個別契約や仕様書の類まで法務で審査しきれるかというと、おそらく難しいのではないか。その場合にどういう対応を取るべきかについては、僕は答えを持っていない。

*1:制作物供給契約でカバーされるようなものは別論とする。

*2:例によってこちらの体感に基づくものなので、異論などがあり得るのは言うまでもないし、網羅的なものを意図していないので、抜け漏れの類があるかもしれないし、指摘事項が重なりあう場合があることも付言しておく。

*3:そういう能力が求められていないところでは、その点で不十分であることをあげつらうことには何ら意味がないことも併せて留意すべきだろう