正味と外見

何だかよくわからないが、ここ数日で感じたことをメモ。やや抽象度高めで*1

 

特定の施策を実施する場合、当該施策の実施により、実質的な正味の効果が生じるのは言うまでもないが、それとは別に、当該施策を実施するという選択をする旨を明らかにすることで、その見た目から生じるメッセージ性というものがあるように思う。重要なのは、その両者を区別して、それぞれについて意識することではないかと感じる。特に利用可能な資源が限られている状況下では、実質論が優先されがちなのはやむを得ないところではあると思うが、それだけでは足りない状況というのもあり得て、その場合には、実質論から見れば負の効果が生じるとしても、あえてメッセージ性のある行為を行うことにも意味があるのではないかと思う。当該メッセージの名宛人が厳しい状況下にあって、精神的にケアの必要なところでは、そうしたメッセージが精神的な支えになることもあるだろうから。長期的な対応が必要となって、精神的な支えが必要なところでは、そうした行為が必要になるのではないか。大事なことは、特定の施策がどちらの意味でどういう効果をもたらすか、それぞれをきちんと個別に理解したうえで、状況に応じて両者のバランスを取る事ではないかと思う。

 

*1:具体的な事象を踏まえてはいるのだが、生の事実を指摘する気がしなかったので、あえてこういう分かりづらい表現にしてみた。そもそもある程度汎用性のある話だろうとも思うので。