聖域についてのぶつくさ

呟いたことを基にメモ。

 

今回の航空機の事故を受けて、警察が調査を開始していることについて、その辺りの界隈の方々が、批判をしていて、再発防止策を探るうえでは、当事者を免責したうえで、事故調査に徹するべきだという指摘をしているのに接した。そのような例が諸外国で見られるからということらしい。さらにそうした発想を医療事故にまで広げるべきという主張にも接した。こうした主張について思うところをメモしてみる。個人的に思うところのメモなので、特段文献とかにはあたっていないことを付言する。

 

まず現行法の下でやるべきことと、ありうべき立法論とは峻別したうえで、上記のような意見については、今後の立法論としてはあり得るだろうけど、現行法の下でそのような運用をすべきではないと考える。現行法の建付けがけしからんと言って、警察がやるべき調査をやらなくなるというのは、それ自体が別途大きな問題だろう。

 

そのうえで、ありうべき立法論として、特定の領域について、再発防止策を探ることを優先して、個人に対して責任を免責して、調査への協力を促すという発想については、全くあり得ないとまでは思わない。刑事責任を問われる可能性があれば、黙秘権が行使される可能性はあるし(それ自体を禁止するわけにはいかないだろう)、仮に刑事免責が得られたとしても、発言内容などが民事訴訟で使われれば、発言などに対してなお委縮効果が働く可能性もゼロではないだろう。そう考えると、仮に免責を認めるのであれば、刑事だけではなく民事責任・行政責任(という言い方が適切かはさておき。)も含めた一切の責任の免除とするという発想も想定可能だろう。

 

他方で、いくつか疑問がある。免責をすると、本当に再発防止策に資するのか、他国ではyesという答えであっても、日本でもそうなのか、というのは疑問なしではない。調査内容が公開されることで(公開されないのは別の問題を生むだろうから、個人情報等の保護の要請にも配慮したうえで、一定範囲で公開されるのは、特に大規模な事故においては、必須と考えるべきだろう)、法的責任以外のところで問題が生じる可能性もあるのではないか。そういうところを避けるために結局調査に協力しないという話にならないのか。

 

また、自分またはその周囲が、そういう事故で被害を受けたときのことを考えると、その被害に対する責任(民事の損害賠償責任を含むがこれに限られない)を別途補償等する仕組み、それも、制度的かつ永続的なもの、が先に用意されないと、免責を認めるべきという議論には与しがたい気がする*1。その辺りの手当のないところでは、再発防止とかの一見するともっともに見えるお題目で、今被害を受けているに泣き寝入りを強いることになりかねない議論に与するべきかというと、疑義があるような気がする。


聖域化の主張に対しては、議論の俎上に上げる前に、前記のような手当の整備が先にあるべきと考えるし、そのうえで、何故そこを聖域化し、それ以外を聖域化しないのか、という整理がまずは必要なのではないか。聖域だと言えば何でも通るかのごとき状態になるのは好ましいとは思い難い。事故の頻度の少なさだけなら、航空機事故と原子力発電所の事故とかも同様ではないのか、とか、その線の引き方について、いろいろ考えないといけないのではなかろうか。

【2024/1/4追記:それと、免責の範囲も検討が必要かもしれない。調査の結果、故意またはそれに等しい重過失が判明したような場合についてまで免責を認めるべきか否かはは別途考える余地があるのではないか。もちろん、免責の範囲については調査の前に明らかにされる必要があるのは言うまでもない。】

 

ここで、仮に、必要性と許容性という枠組みで考えた場合、あちこちで必要性に関する主張は見るけど、許容性についての主張を見た記憶がこちらにはない。個人的にはこの両者の充足なしにその種の免責を認めるのは危険な気がする。許容性については、免責を良いことに隠蔽を図るのをどう防ぐかの対策などが含まれている必要があると考える。免責の効果に見合う責任は、免責を求める側が果たすべきだろうし、その意味では、その界隈だけで問題を都合よくもみ消すんじゃないかとの疑惑を*2、払拭できるだけの説明、それも、門外漢の素人にわかるレベルのもの、ができることが必須だろう。

 

この点、航空機事故とかの場合は、フライトレコーダーとか、諸々の記録の整備がなされているようで、相応の透明性があって、隠蔽を一定程度抑止できるようにも見える。だからこそ諸外国では免責を認めるという議論が成立しているのだろう*3。他方で、医療事故については、そこまでの透明性を確保できるのか疑問がある。救急とかの時にそういうことができるとは思えないし、患者のプライバシー保護の要請との整合性も撮りづらいのではないか。

 

…今回の件を期に、この点についての議論がなされるのは必ずしも悪いことではないのかもしれないが、上記の点くらいは手当してほしいとは思う。

 

追記)この件について、シカゴ条約の附属書云々という話に接したが、あの附属書の内容について、legal libraryにある分野別国際条約ハンドブックの記載とか見ると、実現するための国内法がないといけなさそうな気がするし、(その当否はさておき)そうした立法がない以上は、国内法上の効力は直接には生じていないのではないかという気がしている(いまいち自信がない)。

仮にそうであれば、特定界隈が法執行をする行政側に文句を言うのは筋違いで、立法府に対して速やかに立法するよう文句を言うべきなのではないか。

 

*1:航空機事故については航空会社が対応していて、一定範囲で整備されているようにも見える。個別具体的事案においてはいろいろ問題があるとしても。

*2:聖域化の主張の背後にそのような思惑があるのではないかという疑いを門外漢が抱いたとしても不思議はないだろう。

*3:ただ、それをそのまま日本で受け入れるかどうかはまた別途検討が必要だろう。