私的昭和史 桑原甲子雄写真集 上巻 東京戦前篇 下巻 満州紀行 東京戦後篇

長らく目を通したいと思っていたのだが、近所の図書館にあるのに気づいて借り出して目を通したので感想をメモ。

 

個人的に好きな写真家の一人が、既に鬼籍に入られてはいるが、桑原甲子雄さん。氏の写真の、淡々とした感じや被写体との距離感の取り方が好ましいと感じるのと、下町育ちではあるものの、晩年は世田谷におられたこともあり、晩年撮られたものについては、こちらの行動範囲内で撮られたものに既視感を覚えるものが多いことなどが、氏の写真を好む理由ではある。

氏については、第2次世界大戦前はアマチュアカメラマンとして名を馳せたものの、プロにならずに、戦後に写真雑誌の編集者となって活躍され、その間も撮り続けておられた写真については、後から荒木経惟によって「発見」され、展覧会開催や写真集出版になった...という程度のことは知っていて、写真集については、「東京昭和十一年」や「東京1934ー1993」などは手元にあるものの、もともとの興味が氏の東京のスナップについてのみだったので、その他の写真や、編集者としての仕事は知らなかった。この2冊は写真集が主だけど、その他に本人の年譜なども載っており、内容を見てみたいと思っていたもの。

 

写真集は、上巻は東京の戦前のスナップを中心にしたもので、場所別に掲載されている。東京といいつつ、東京以外の川崎とか湯沢とかで撮られたものも含まれている。有名?な二・二六事件の翌日に馬場先門で撮られたものなども掲載されている。東京で撮られたものは、どこかで目にしたことのあるものも多いが、そうでもないものも多い。東京以外で撮影されたものは、鎌倉で撮られたもの以外は初めて見るように思う。

下巻は、前半は氏が戦前に満州地域に撮影旅行(満鉄主催)に出かけた時に撮られたものが場所ごとに分けて、後半は戦後に東京で撮られたもの(一部例外があるが)が年代ごとに分けて収められている。後半の最後にはカラーで撮られたものが別に収められている。満州で撮られたものはすべて初めて見るが、後半のものも初めて目にするものがあった。

東京以外のところであっても、日本国外であっても、氏のスタンスの取り方、間合いの取り方に大きな変化はないような気がした。個人的には下巻の一番最後に乗せられているご自宅から虹を写したものが、最晩年に撮られたものということもあって特に印象深く感じた。

 

写真以外についている文章などでは、略年譜がまず興味深かった。編集者としての具体的な業績などは知らなかったが、森山大道さんと中平卓馬さんとの「写真よさようなら」での対談に進行役として立ち会われたことは、あの本を見ていないので知らなかった。

また、上巻の末尾にある松山巌さんの文章では、写真の普及に伴う撮る側ととられる側の関係性の変化を踏まえて、氏の写真を「末期の眼」と評した点が印象深く感じた。下巻にある荒木経惟さんが、氏の死後に、氏と氏の写真について語った文章では、氏の写真が写真の写真たる頂点かもしれないと指摘しているのは、松山氏が指摘したのと同じ内容を荒木氏流に表現したものなのではないかと感じた。

 

いずれにしても、個人的には正月早々良いものを目にすることができて、実にめでたい。