再読:法律学講座双書 債権各論I上-契約総論/ 平井 宜雄 (著)

一度目を通したことのある本だが、再読したくなって、感想等を都度呟きつつ、ゆるゆると目を通して最後までたどり着いたので、呟いたことも貼り付けつつ、エントリにする。「噛み締めながら読む」ことが出来たかどうかは自信がないが*1

 

再読してみると、著者の構想は理解もできるし、契約に関する現実に真摯に向き合おうとしているという点で敬意を表するに十分なのだけど、構想を支えるだけのデータが集まらない構造があるために、理論化それ自体が難しい部分があると感じた(仮にあったとしても事態の推移とともに陳腐化を免れない危険は別にあるが)。組織型契約と市場型契約という分類についても、前者の要素たる「組織原理」についても、そういうものがありそうな気はするものの、その具体的内容の論拠は十分明確になっているとは言い難いのも、そのあたりが原因なのかもしれない。

 

こういうことは、最初に読んだときには感じなかった。別に最初に読んだ時点でも感じても不思議のない内容という気もするので、この辺りが、こちらの再読までの間の「進歩」ということなのかもしれない。

 

最後に、以下、部分部分で呟いたことについて、誤記等を直す等したうえで、箇条書きの形で貼り付けておく。メモの取り方に一貫性がないが、その点はご愛敬ということで(謎)。今回のように呟く形でメモを取りながら読むというのも、たまには(常にするのはしんどすぎるが)良いのかもしれない。

 

  • 何故か平井契約総論を書棚から引っ張り出した。読むべき本は他にある気はするが、読みたくなったので。債権各論は学部では平井先生が担当だったんだよな。当時は不法行為はご自身の著書が教科書で契約は有斐閣双書だったはず。いずれにしても当時は興味がなかったから授業は一回出たくらいだったけど。
  • はしがきについては、契約法においては基礎理論を重視すべきと説く理由についての考察が企業内法務に従事する者にとっては、印象的。判例とかを分析するだけでは不十分という認識がしっくりくる。
  • 第1章:契約当事者について、たとえ企業であっても、合理性にばらつきがあるところ、合理的に見積もり過ぎにも見えるところがある気がした。また、民法の規定の総則性の不徹底や、委任の重要性についての指摘は、興味深かった。今般の債権法改正の中では、この辺りの指摘を踏まえて、体系自体に修正を加えることは検討されなかったのだろうか。不勉強でわかっていないが、されなかったとしたらそれは何故なんだろうか、と疑問に思った(そこまでやるとさらに収拾がつかなくなるから、かもしれないが)。
  • 第2章第1節:契約の意義及び機能。
    市場の変化の記載は、インターネットの浸透に伴う取引への影響についての言及がないものの、記載の延長線上にいまなおあると言える気がしたがどうだろうか。契約の原型をB2B取引のそれに求める理由の記載には納得。個人的にはC2C取引についての言及があるのに驚いた。
  • 第2章第2節:契約法と契約法学。
    1の契約法学の地位において「特定の取引主体間における権利義務関係を事前〔取引開始前〕に設計することを主要な任務とすること」と契約法学の任務と再定義すべきという主張には納得。なお、明示的に語られてはいないが、その他のところで、訴訟による解決への志向が限定的であることを前提にすると、設計された権利義務が化体する契約書の主たる読み手は裁判所ではなく当事者ということになるのだろう。
    2 契約上の紛争と訴訟。契約上の紛争が訴訟に転化する条件とその帰結の分析が興味深い。企業の場合に分析にあるような理性的な行動をどこまで取っているのか、は疑義の残るところだろうけど(一定割合では取っていると思うけど、常に、ではないはず)。
    3 和解の話になる。主に経済的利得の獲得を目的とする他の典型契約と、法律上の紛争解決を目的とする和解とは性質を異にするということから、ここでの解説となる。沿革などの解説が興味深い。
  • 2章3節:契約の分類。
    市場型契約と組織型契約の区別が興味深い。財の代替性の低い(小さい)ものと高い(大きい)ものとで区分するという視点がまず興味深い。もちろん理念的なもので、現実の契約がいずれかに綺麗に分類されるという意味ではないとは思うのだが。
  • 3章契約上の権利義務 第1節総説。
    1で契約総論を作る試みの必要性を説明したうえで本章の構成が説明される。
    2で「契約自由の原則」についての説明。契約自由の原則を4つに分けて分析するが、これらを「市場的取引の自由の原則」と「合意優先の原則」の2つに再構成してそれぞれへの制約を検討している。前者と後者を区別する意味として前者については政策的観点からの制約が可能だが、後者については全く否定されることはありえないという指摘は、個人的にはよくわからなかった。後者についても強行法規で制約可能とはしているので。
  • 3章第2節契約の解釈
    1 契約の解釈の意義とその重要性。契約の解釈とは何か、事態が解決されていないという指摘。本書以後に解決がされたのかは...中田契約法p105とかを見ると「多くの学説は...」とあるだけなので、まだ未解決という理解でよいのだろうか。解釈についての明文規定がなく、裁判所の判断過程は外部からは見えなければそうなっても仕方ない気はするが...。とはいえ「特定個人間の権利義務関係を事前に設計する」ということからすれば、解釈の基準が、任意規定的な立ち位置でもあるのは重要という気がする。
    2 契約の解釈の基礎理論。学説の対立のあたりは、個人的には興味が持ちづらい。欧州における歴史と断絶したところで、欧州の議論をどう持ち込むかというところの難しさが話をややこしくしている一因になっていると感じる程度。解釈の種類についての「意味の発見」と「意味の持ち込み」の差異の議論についても、訴訟法上の差異があるみたいだけど、そもそもその両者が明確に区別できないなら結局あいまいなのではないかと感じる。
    3契約の解釈に関する具体的基準。将来の権利義務の設計の道具としての基準の必要性は理解するものの、頁を費やして議論している割に具体的な基準まで煮詰まっていないように見えるのはそもそも検討材料が少ないということなのか。出てきた結論自体には違和感は感じなかったけど。交換的正義に基づく判断で判断がつかなければ手続的正義で、というのは、検討順序の差異はあれど、会社法における経営判断原則に似ているのではないかと感じたがどうだろうか。
    4契約の解釈に関する諸基準の適用順序。本来的解釈が先で、その後に規範的解釈というのはそりゃそうだろうというところ。
    5継続的契約の解釈 継続的契約の内、組織型継続的契約について、その特殊性に鑑み、組織原理を踏まえた解釈論を、さらに2類型に区分して展開。組織原理なるものとして示されるものの分析の適否はよくわからないが、ここでの記載内容は理念型としては違和感はあまり感じなかった。2類型も取引の非代替性が一方のみか双方化という分類で分類自体も個人的には納得できるところ。
  • 3章第3節。契約上の権利義務の発生。本書のボリューム的には折り返し点。
    1 総説は本節の構成の説明。契約成立に向けての交渉その他の社会関係に入った者の間に生じる権利義務と、主に組織型契約の成立前に行われる交渉から生じた権利義務を分けて論じるとあるが、その両者が明確に区別可能か疑問ありと感じた。。あと、後者について「主に」とついているところも、「主に」以外の部分があるのかないのか、というあたりもここでの記載からは読み取れないので、やや微妙。
    2契約準備段階の権利義務。契約成立に向けての交渉等の当事者間に生じる権利義務について。契約準備段階における損害賠償責任についての記載では、信義則上の義務違反責任を不法行為責任ではなく契約上の債務不履行責任に類似した責任としている。ここでの記載は組織型契約を念頭においてのものなので、最判H23.4.22民集65.3.1405の判示を前提にしたら、どう内容が変わっただろうか。本書で改説する前は不法行為責任とされていたが、件の判決の事案で問題となった契約は、組織型契約ではないから本書の説を維持するという整理になるのかも。しかし、その他の権利義務についての解説のうち、説明義務についての記載は、契約成立前に債務不履行類似の責任を認めている点で、前記H23最判と整合しないので、そういう整理は難しいのだろう。
    3交渉により生じる権利義務。組織型契約における契約締結に向けた交渉時の権利義務についての解説。交渉時に取り交わす書面を理念的にLOI/HOA/MOUの3つに分けて議論しているが、この3つって同義で使われたりするので、ここでの使い分けにはやや面食らうし、そんなに截然とわかれるかは疑問。あくまで理念系としての分類なので、かような疑問は不適切なのかもしれないが、気になったのは確か。
    4契約の成立(1)総説。所謂胸像理論が現在の重要な取引(特に組織的契約)では成り立たないことから、契約の成立の再定義の必要性が説かれている。2020年代の視点で見ると、ネットでの売買とかは、約款規制とかの問題はあるけど、古典的な鏡像理論が妥当する側面がまた出てきたのではないかと感じなくもない。また、契約の本質的または重要な部分について確定的な合意があれば契約の成立を認める合意理論が説かれる。そしてその効果としては履行請求権の成立が重要(市場での代替的調達が困難な故)とされる。合意理論は前記の程度では意味内容がはっきりしているとは言い難いので、詳細をこの後に期待することになるが...。
    (2)申し込みと承諾による成立。改正債権法前の民法の教科書に出てくる標準的な内容という印象だけどどうだろうか(記憶があいまい)。所謂書式の戦いについてユニドロワ原則などに基づくのと同様の解決を示唆するのは個人的には納得するところ。
    (3)交渉による成立。申込と承諾の合意、の図式ではない契約成立の図式化、というところか。図式化はある程度成功しているような気はするけれど、常にこうなっているとは言えないものと考える。継続型契約である取引基本契約の場合、買手の交渉力が強いことが多いように思うが、そういうところでは、買手が自社標準契約で押印済のものを渡してくることがある。買手側の意図としては、内容については交渉に応じてないというところであり、変更合意なしに成立する事例もあるものと考える。その場合は、古典的な申込と承諾の合意という図式が当てはまることが有るのではなかろうか。もちろん僕が売り手側の法務であればそういう図式化は避けるようにするが、買手側が強硬な場合は、約款の内容に由来する危険を覚悟でも取引成立を優先というのは選択肢となり得るわけで。
    (4)その他の態様による成立。意思実現による成立、交叉申込による成立、契約締結を競争させることによる成立。意思実現による成立についての判決例がないというのはまあそうだろうなと。交叉申込による成立に対しては否定的で、改めて承諾を求めるべきというが却って煩雑な気がする。契約締結を競争させることによる成立については、入札とかの話だけど、最初に交渉する相手を決める形の入札とかも想定可能なんだけど(日本法の下ではないものを見たことが有る)、そういうのはどういう扱いになるかも気になる交渉相手の選定手続きであとは組織型で整理なのだろう。
    (5)(付)懸賞広告。それほどの社会的・経済的意味はないけど、というスタンス。法的性質論は面白いと言えば面白いが、性質上当然に導かれるから規定不要されているのに賛成。それで困らなそうだし。
  • 3章4節契約上の権利義務関係
    1総説。
    (1)は本節で語られる内容の説明。
    (2)は権利義務関係の設計手法についての試論。
    取引手法の選択、契約の要否
    →契約目的は何か、目的に応じて市場型契約又は組織型契約を決定
    →権利義務の設計。契約目的達成適合性が基準
    強行規定違反、信義則違反があれば適宜修正
    →条項の法律的意味の明確化、一般条項の追加
    →相手と協議、内容修正→内容が契約成立の一般的要件を充足するかの確認、
    というプロセスが提示され、このうち契約要否の選択と相手との協議(交渉)以外のところは法律家特有の仕事、としているのは、納得できるところ。もちろん理念的な整理でこのプロセスが直線的に進むわけではないとしても。
    (3)は契約上の権利義務関係に関する基本原則として、債権総論の範囲にあることを別にして、2つのことが述べられる。1つは契約上の権利義務は究極的には契約解釈で決まること、もう一つは、契約上の権利義務が帰属するのは契約当事者のみということ。そのうえで後者については、例外として、債権者代位や契約上の地位譲渡、それと次のセクションで語られる「第三者のための契約」が挙げられる。第三者のための契約が項目を分けて語られるのは、先の原則が前提にあるからだけど、この点は英米法の方が自覚的な気がするのは気のせいだろうか。
    (4)第三者のためにする契約。契約により生じる権利義務は当事者間限りという原則の例外なので、例外を限定的に解すべきというのはそうなんだろうなと思う。第三者も契約当事者にして三者契約にする方が本筋だろうから。
    2双務契約に特有な権利義務
    (1)総説。ここでは同時履行の抗弁権と危険負担について語られる旨の説明。同時履行の抗弁権については、契約存続時は契約の規定で上書きされるため役割は大きくないとの指摘には納得。
    (2)同時履行の抗弁権。機能しているところを明示的に意識できたことがないので、議論はそういうのあったなあと思ってみる程度。結局個別事情を踏まえた検討が要るあたりがequityめいているなと根拠なく感じる。不安の抗弁権についても末尾に言及がある。組織型契約について規範的解釈で認めるべきというところは個人的には賛成。
    (3)危険負担。こんな話あったよなという感じ。いずれにしても契約書があるときにあそこで対応する話ではあるのだけど。
  • 3章5節契約上の権利義務の消滅
    1総説。扱う範囲の説明があるとともに、事情変更の原則及び再協議(再交渉)義務についても言及がある。要件効果を明確にしたハードシップ条項を有効とすべきというのは、規範的な解釈で認めるべきではないということの裏返しだろうが、予測可能性の確保の意味で納得。
    2合意による消滅。合意による消滅原因を合意解除と約定解除(解除権の留保)に分けて論じているが、その両者にどれほどの差異があるのか、については、読んでいても正直疑問が残った。
    3法定解除権の行使による消滅。(ア)の総説では、沿革から立法趣旨を説くとともに、こうしたものと判例通説の乖離、それに対する著者の評価が興味深かった。
    (イ)の解除の要件では、著者の解釈論の内容は債権法改正の改正内容に近いところになっているような気がしたけどそういう評価でよいのだろうか(自信がない)。
    (ウ)の効果のところは、545条1項ただし書の第三者たる要件として登記を求めるのを利害関係の大きさを示すためとしているのは何だかはっきりしない気がする。

    4組織型契約における権利義務の消滅。組織型契約では、契約の終了について条項が練られているから、解約告知の重要性は低いというが、そういえるかは疑問。契約期間も定められているのが通常というが、両者が合意しない限りいつまでも有効とする大手メーカーの取引基本契約とかも見たことが有るので。

     

*1:伊藤先生のアドバイスも学者になろうとされる学生さん向けのもので、こちらに直ちに当てはまるものではないのだが...。