決定版 英文契約書 / 山本 孝夫 (著)

一通り目を通したので感想をメモ。手元にあれば有用なこともある一冊、というのがこちらの印象。

 

今は亡きBLJでの連載から、ハーレム教授とこちらから勝手に仇名を奉った著者*1の本。著者の本というと大判の*2文例集などが良く知られているところと思うが、お手頃な大きさの教科書のようなものがなかったということで、書かれた模様。ご年齢もあって、総決算ということなのかもしれない。

 

といいつつ、文例だけ示されて、内容についての説明がなかったりするので、はしがきに色々書いてある割には、正味のところは、著者の授業用のテキストと見る方が適切に見える。予備知識がない人が単体で読むのに、適しているかというと個人的には疑問なしではない。文例だけであれば、似たような大きさで、アメリカ人の英文校閲済の文例があり、データのDLもできるこちらの方を選ぶという選択肢もあるだろう。

 

文例だけ見ても、今どきの諸々を考えると、やや古いのではないかという印象があった。著者のご年齢からすればやむを得ないのだろうが、若い実務家の先生と組んで、文例を補充した方が良かったのではないかと感じた。

 

なお、本書は呟きながら目を通したので、以下呟いた内容に加筆したものを貼っておく。

  • 目次を見ると全体は3部構成。第1部では「読む」ための基本的な表現についての解説、第2部はドラフティング時の基本の解説、第3部は各種契約書についての、一般条項以外の取引ごとの典型的条項の解説と思われる。
    第3部については、契約書の例として出ているのが売買契約(取引基本契約ではなさそう)、販売店契約、秘密保持契約、ライセンス契約、というあたり、なぜこの4種類かなのかというところは意見の分かれそうな予感。商社出身という著者のバックグラウンドの反映なのかもしれない。いずれにしても、取り上げられている契約書例の幅を考えると、決定版と銘打つのが適切とはいいがたい気がする。はしがきに、決定版というのは編集部の意気込みだ、というのは言い訳としてもどうなのかと疑問。
  • 謝辞を見ると、ご令嬢が某事務所でパラリーガルをされていて協力されたとのこと。ご令嬢は某百選にパラリーガルとして共著者になっているのに気づく。
  • 第1章 英文契約書の基本表現(1)。総論的な部分の話題の選び方が良くわからなかった。基本表現については、shallとかの話がこの章になく、次の章にあるのも、優先順位付けとして妥当なのか疑問が残った。あと、締結のところで双方署名したものをpdf化して交換して終わり、とか今どきの電子契約とかに対応した表現がないのも違和感が残った。また、最恵国待遇条項については競争法上の疑義が生じうる点も一言くらい言及があっても良かったのではなかろうか。
  • 第2章 英文契約書の基本表現(2)契約上の権利・義務に関する表現。助動詞とかの話がまとめて出てくる。契約英語でshall以上に義務を分かりやすく表現する語はないというのは、異論がありそうな予感。これをplain Englishで表現するとき当事者が主語の場合agree toを推奨というのも議論がありそう。いずれについてもなぜそれが良いと考えるのか、というあたりの説明がないので、理解の仕方が難しい気がした。あと、辞書を引け、という話のところで、日本語の辞書の話しか出てこないけど、それでいいのかというところもやや疑問。ここは、読み方が難しい気がする。想定読者を初心者にしているということの反映か、それとも、どのみち英語の辞書かカッコつけて紐解いても碌に読めてないでしょ、だったらきちんとした日本語の辞書をよく読みなさい、という趣旨なのか。
    コラムで、ELNOX社の物語が出てくる。日高法務部長はBLJでの連載でも出てきた。主人公は木戸蓮とあるが、男性か女性か、よくわからない。その辺を狙ったのか。
  • 第3章 英文契約書の頻出表現(1)ラテン語、イディオム。イディオムの取り上げ方が謎で、寧ろラテン語だけにして、その分取り上げるラテン語周りの表現や解説をもう少し増やした方が良くなかったか。
  • 第4章 英文契約書の頻出表現(2)秘密保持、中途解約、契約期間の更新、差止・仮差止め 頻出表現ではあるのだろうし、無難という気がした。right to renewの話がここで出てくるのは解説の内容からしても元商社の人らしいと感じた。
  • 第5章 英文契約書の頻出表現(3)子会社・関連会社、期限、Subject to、合理的な努力、条件、例示・例外。努力義務周りの話は興味深い。
  • 第6章 金額、割合、期間・期限の表現。小数点以下の数字についての言葉での表現が分かりづらいなと思ったりした。寧ろ数字だけにする方がリスクが少なくならないかという気がするのだが。
  • 第2部ドラフティングの基本第1章英文契約書の形式。フォーマルなもの以外のレタースタイルのバリエーションについての説明が個人的には興味深かった。
  • 第2部第2章一般条項。この章は長いので、細切れで感想を。
    第1款 英文契約書の一般条項とその役割。一般条項の範囲や契約書中の配置についての話と一般条項のドラフティングについての視点についてのコメント。著者の経験に基づく感覚的なコメントで、有用ではあるが、どこまで射程が及ぶかはよくわからなかった。
  • 第2款 定義条項について。定義条項の場所についての議論は、実例で示していないので、初めて読んだら意味が分かりづらいのではなかろうか。冒頭に記載する例と初出箇所で規定する例との使い分けについてはもう少し突っ込んだコメントが欲しかった気がする。
  • 第3款 契約期間についての規定のバリエーションは、ファイナンス契約のそれは個人的には接したことのなかったので、なるほどと思いつつ見る。
  • 第4款 不可抗力。不可抗力事由のトレンドの振り返りや事前災害を示す際にはact of Godよりもnatural disastersの方が無難という指摘は興味深かった。後者は言われるとわかるけど...というところ。
  • 第5款 通知条項。あっさりしている印象。部署と氏名で通知先を特定というが、当該人員が退職などした際や当該部署がなくなる可能性を考えて通知先をどう設定するか、みたいな話がないのはいいのかなという気がする。
  • 第6款 完全合意条項。個人的には条項自体のドラフティングもさることながら、この条項を入れるなら、そもそもビジネス条件などの漏れがないかのチェックが必要と思うが、その辺りへの言及がないのが気になった。そんなの当然だからということなのか。
  • 第7款 契約譲渡制限。文案のバリエーションと解説が興味深く感じた。東京ヒルトン事件を引き合いに出すのは流石に古すぎる気がするけど*3
  • 第8款 解除。解除事由と手続についての条項についての記載だが、解除後の効果の話が出てこないのは、何だか中途半端な気もする。各論的な第3章の中で言及があるようだが。
  • 第9款 修正・変更。分量が少ないので、内容的な関連性を考えると第6款の中でまとめて触れた方が分かりやすかったのではないか。
  • 第10款 準拠法。準拠法の条項のところで、contra proferentemの話が出て来るが、独立した条項で取り上げてもよかったのではないか。また、この用語についても言及がないので、この内容を探そうとすると探しにくい気がする。
  • 第11款 法令遵守~贈賄禁止。法令遵守一般に関するサンプルがないのは痛い。手元に他の本がないと困りそう。反社会的勢力との取引の禁止に関する規定を採り上げるとあるが、この款では出てこないのは如何なものか。
  • 第12款 当事者の関係。この条項の意義をきちんと書いている解説をあまり見た記憶がないが(汗)、内容から自明だからかもしれない。
  • 第13款 権利放棄。権利不放棄という方が分かりやす気がするが、慣例的には権利放棄としているのだが、何故だろうか。
  • 第14款 秘密保持・プレスリリース。この2つを纏めて取り上げているのは興味深い。秘密保持条項自体の紹介は標準的なものに留まる印象。証券取引法という表現がなされているのは、外国法下でのそれを想定した表現なのだろうが、ちょっと驚く。
  • 第15款 損害賠償額の制限。懲罰的損害賠償や付随損害などについての説明がなく、解説があっさりしすぎていて、これでいいのかという気もする。
  • 第16款 税の取り扱い。グロスアップ方式の説明は分かりやすく感じた。
  • 第17款 第三者の利益。privity of contractというフレーズは示しておいてもよかったのではなかろうか。
  • 第18款 存続。➁の事例では契約終了の理由の如何によらず、と規定している事例があるのが個人的には重要と感じた。
  • 第19款 見出し。説明は納得だけど、実際書かれているような事例に遭遇したことがないので、そういう主張が実際なされたらどうなるのかということが気になった。
  • 第20款 無効規定の分離可能性。無効と判断された場合に生じるリスクへの対応の仕方の異なる複数の文例は興味深い。特に④の文例は、実際に無効判断がされたときに、どう機能することになるのかは気になるところ。特に当事者間の協議で、改訂するという規定がされているところ、その協議がまとまらない場合、結果的にどういうことになるのか、は気になる。
  • 第21款 紛争解決。主権免責への対応が出てくるのは興味深い。仲裁と訴訟との使い分けについて、仲裁と比較した訴訟のメリットが語られているのに対して逆が語られていない(執行に関するNY条約とかの話がない)のはバランスが悪い気がする。仲裁条項は、その中で言及されている仲裁機関の推奨文言とも異なるように見えるが、その辺りの意図も書かれていないのも疑義を覚える。その他の細部にもサンプルごとに違いがあり、ドラフティングという観点からの解説があるべきではないのかと感じる。
  • 第2部全体が、ドラフティングの基本という割に、サンプル条項の表現の差異がもたらす意味合いの違いとかについての解説もないし、またドラフティングの前提となる内容面の解説も少ない。その意味では、著者が授業で補足する前提で使うなら良いのだろうが、この本単体で読むときには注意が必要ではないかと感じる。
  • 第3部。4つの契約書類型ごとに、当該類型に特有な条項の解説と思われる。この4類型を採り上げた意味合い(裏を返せばそれ以外を採り上げなかった意味合い)が良くわからないので、何だか微妙。

  • まずは売買契約。気になった点だけメモをしてみる。
    第1款。総論的な部分。契約の内容面についての検討が手薄っぽいので、新・国際売買契約ハンドブックを参照するようにとしているのはある意味で適切なのだろう。
    第6款代金決済のところで、L/C払いとかの例文がないのは、流石にひどくないか。入門編だからというが、「決定版」云々と題したことと整合しないのでは?
    第10款知的財産に関する条件。①の文例で、買主側の調査義務などの規定が続くのをカットしたのはイマイチな気が。そういうところまで載せておいてほしいような気が。
    第11款検査およびクレーム・救済。ここは文例のバリエーションがそれなりにあって良かった。
    第12款テイク・オア・ペイ、第13款ファースト・リフューザルライト、第14款ハードシップについては、仕事上接した範囲で実際に接した経験はあまりないので、なるほどと思いながら読む。

  • 第3部第2章は販売店契約。こちらも気になったところをメモしてみる。
    第2款で前文~定義条項にかけての文例などが出ているが、定義条項中、Deliveryにつき、当事者の権利義務についての規定が混ざっているように読めるのに違和感あり。定義条項の中に入れると見落としてメンテし忘れるリスクもあると思う。なので個人的にはこの種の規定の仕方には反対。
    第7款の品質保証とその制限・解除で、契約不適合が生じた場合の救済策が、適合品への取り換えしかないというのが興味深い。メーカー側からすれば修理や返金または減額を入れておきたいと思うことが多いのではなかろうか。
    第11款一般条項。通知のところに手段として物理的な輸送を求める手段しか規定されていないのはどう考えたらよいのか。コロナ禍で往来が途絶していたときを思い返せば電子メールくらいはあってもよいのではなかろうか。不可抗力のところでは感染症の類が不可抗力事由に明示されていないが、文例としてもいいのか、これで、と思わないでもない。

  • 第3部第3章秘密保持契約。
    第2款の一方開示型については、開示者の差止め請求権の規定の仕方は、準拠法がブランクなのに、英米法的な規定の仕方(金銭では贖えない損害が出るという表現の入っているもの)になってない点が気になった。例文296でこの点を踏まえた代替案が示されているが、その点の言及がないのは不親切な気がする。前提の知識がないとこの例文の位置づけがわからないと思う。例文273の政府機関の開示のところも、開示を要求された当事者が相手方に通知をする義務ではなく、通知をする努力義務しか課していない意味合いとかも解説があった方が良かったのではないか。dawn raidの際に通知自体を禁じられるケースを想定しているからそうなっているのだろうが...。

  • 第3部第4章ライセンス契約。章の冒頭に規定すべき項目の要約があるが、第3部の従前の章にはなかった。こういうのは全部の章にあるべきで、編集が著者に注意喚起して、入れるようになどすべきだったのではないか。ライセンス契約だけど、文例は、B2Cビジネスのための商標とかのライセンスで、B2Bで特許のライセンスとかする場合とは内容が異なることがあるのかが気になった(正味わかってないからそう思うのかもしれないが)。広告宣伝に関する義務の規定の隠れた使い方については、納得。

     

     

*1:初出はこちらのはず。

*2:場所ふさぎな、ということと等価。

*3:なお、同事件で問題となった条項の少なくとも一部に関しては、NOTの長島先生の手記に記載がある。