頻出25パターンで英文契約書の修正スキルが身につく / 本郷 貴裕 (著)

ざっと目を通したので感想をメモ。使い方に留意が必要な気がするけど、総じて手元にあると有用な本ではないかと感じる。

 

内容的には、表題にもあるように、英文契約書の表現を直したいときに、良く使う表現を「直したい」と思う理由に即して25のパターンに分けて解説したもの。東芝での経験を基に英文契約についての講座などを開いている著者の4冊目の本で、かつて著者の入門書的な本は眼を通したが、その本と同様に、割り切った解説が、読み易く、説明も分かりやすいので、一読するのも容易。一通り目を通したうえで、座右において適宜紐解くと、有用なのではないかと思う。章ごとに理解を確認する問題が付いているのも良い。パターン認識で対応しているだけで、背後にあるものの理解を求めていないので、そういった対応だけでよいのかは、疑義なしではないが、そういう割り切りもあり得るのだろう。目先のことに集中する、効率的な対応という見方も可能だろうし。

 

英文契約書の修正というと、もはや英文契約についての和書の古典というべき中村秀雄さんの「キーポイント」シリーズの中にも、修正のキーポイントについての本がある。既に絶版のようなので手に入れるのは困難かもしれないが、手元にあるので比較すると、キーポイント本は条項単位で、ありがちな条項とそこに潜む問題点、問題点に対する修正案を解説しているという点でスタイルが異なる。読んだ時の違和感・問題意識に対して、いかなる修正案を考えるかという意味では本書の方が使い勝手は良いかもしれない。個人的には努力義務の規定を如何にして明確にするか、ということについての対応案については、キーポイントよりも具体的な提案があって、なるほど、と思いながら読んだ*1

 

他方で、本書を使う上では、次の諸点には留意が必要な気がする*2

  • 英文契約一般についての本なので、特定の法系に基づく議論からは距離をおいた書き方に見受けられる。前記のキーポイントが英国法ベースなのとは対照的だが、英国法・米国法(この言い方が適切かはさておき)以外の法律に基づく契約書もままみられるため、そのこと自体を論難するのは適切ではないだろう。
  • そもそも修正表現をどう考えるかに焦点を当てているので、その表現を使って相手をどう説得するか、という論理については必ずしも明らかではない。その点は別途考える必要がある。自分の都合を述べるだけでは足りないので、相手を説得する論理を考える方が難しいかもしれない。

*1:この部分だけでも読んだ価値があったと感じた。

*2:なお、本書の価値を損なうものとは言い難いが、誤りではないかと気になった点を、目についた限りで付言しておく(こちらの誤解の可能性もゼロではないので、脚注でメモする次第(汗))。

一つ目。90頁。NDAにおける保護対象である秘密情報の定義のところで、秘密情報から除外する中に、開示当事者による開示の時点で公開されていた情報などと並列で「法律、政府による命令、または裁判所による命令に基づき開示するよう求められる情報」が挙げられている点。一旦その種の要請が来た情報は、その時点より後は秘密保持義務の対象外になり、誰に対しても開示可能となってしまうだろう。日本国内であれば、おそらく実害は生じないのかもしれないが、海外で地方政府などど相手方が癒着しているようなところにおいて、相手方が、自社の重要な情報で、自由に使いたくなるような情報について(本当に重要な情報であれば、そもそも如何なる理由があっても開示すべきではないのかもしれないが、そうもいかない場合があることも想定すべきだろう。)、地方政府から開示要請を出させたらとどうなるか、を考えると、この種の規定ぶりに問題があるということは想像可能なのではないかと思う。おそらく、前述の要請に基づく開示は、秘密保持義務違反を構成しない、という形で規定されるべきものと考える。

二つ目は、155頁。"Time is of the Essence."条項について、納期遅延LDが規定されているときは矛盾すると指摘するが、納期遅延が生じたときに、前者の条項で直ちに契約が解除されるとは限らず、解除権の行使が遅れた場合には、その間にLDが発生している場合もあるだろう。納期遅延が生じたことによる効果は解除権の発生であり、その行使は義務ではないから、納期遅延の被害を受けた側は、その被害によるインパクトと考えて、解除するか、LDの支払を受けるか、を選択することになるはずである。既に生じた納期遅延についてはLDの支払で満足するとしても今後の遅延の可能性を考えて契約は解除するという選択をすることはあり得るだろう。その意味では並立には矛盾はないと考えることになるのではないか。