不可抗力条項についてのメモ

みみずく先生のこちらの記事に端を発して、みみずく先生をはじめとする何人かの方とやり取りをさせていただいたこともあり(該当者の方々、ありがとうございました。)、不可抗力条項について、思いついた範囲で以下メモしてみようかと*1

mimizuku18.hatenablog.com

 

その意義

当事者が左右できないような一定の事態(不可抗力事象)が生じたことにより、自らの契約上の義務の履行が履行できなかった場合に、前記事態に起因した不履行については、不履行責任を免除する、というのが、この種の条項の一番の眼目なのではないかと思われる。義務を履行できなかったとしても、その当事者のせいではないということが明らかなときに、文句を言うのは酷だ、という発想に基づくものなのだろう。この発想故に、金銭債務については、対象外とされていることが、洋邦問わず多いように思われる。金銭を集めること自体が不可能になるということは想像しにくいからなのだろう*2

 

日本の民法では、債務不履行責任(民法415条)は帰責事由がない場合は、責任を問われない形になっていたが*3英米法ではそういう考え方をあまり取らず*4、無過失責任を原則としているので、この種の条項をきっちり規定しておかないと、不可抗力事象があっても、責任から逃れられない、という形になっている。そういう前提で海外で形成された実務が日本にも持ち込まれた、ということなのであろう。

 

その他に、その種の事態が生じた後に、今ある契約関係をどうするのか、という観点から付随的にいくつかの事柄が取り決められる場合もある。 

 

具体例

英文契約の例という意味では、世銀のこちらを参照のこと。長いので引用とかは略。

Sample Force Majeure Clauses | Public private partnership

そもそも何が不可抗力事象なのかの定義から始まり、次に、そうした事態が生じたことによる効果を規定し、最後に付随的な事柄を規定している。

 

和文の契約での実例という意味では、AIK本の売買契約における事例(第2版、p28)を引用してみる*5

第15条

1 地震、台風、津波その他の天変地異、戦争、暴動、内乱、テロ行為、重大な疾病、法令・規則の制定・改廃、公権力による命令・処分その他の政府による行為、争議行為、輸送機関・通信回線等の自己、その他不可抗力による本契約の全部または一部(金銭債務を除く)の履行遅滞又は履行不能については、いずれの当事者もその責任を負わない。ただし、当該事由により影響を受けた当事者は、当該事由の発生を速やかに相手方に通知するとともに、回復するための最善の努力をする。

2 前項に定める事由が生じ、本契約の目的を達成することが困難であると認めるに足りる合理的な理由がある場合には、甲乙協議の上、本契約の全部又は一部を解除できる。

 作りとしては、まずは不可抗力事象に含まれるものが挙げられ、それらによる不履行・履行不能の責任を問わない旨が第1項本文で規定されている。第1項ただし書及び第2項で付随的な事柄について規定があり、前者で通知義務及び回復への努力義務が、後者で契約解除の余地が規定されている。この作りは上記の英文のものとは、そう大きくは変わっていないように思われる。

 

実務的な留意点

僕自身は、不可抗力条項を発動した経験はないのだが*6、既存の契約に基づく運用*7の中で、考えておくべき点として気づいたことをいくつかメモしてみる(ここが本題なのだが、前置きが長くなってしまった)。

 

1 定義に該当するか

要件、効果、という発想で考えると、要件該当性ということになる。まず気を付けるべきと感じるのは、今回のウイルス騒ぎもそうだけど、一つの事象が別の事象を引き起こすこともよくあるわけだから、特定の事象の要件該当性が怪しくても*8、当該事象に起因して生じる別の事象が、別の形で要件該当性を充足する可能性があることに注意することが重要だろう。

上記のAIK本の規定でいえば、今回のウイルス騒ぎは、「重大な疾病」に該当することは争いがないだろう。仮に該当しなかったとしても、その後の中国政府側の措置、例えば、移動禁止とかが、「法令・規則の制定・改廃」または「公権力による命令・処分その他の政府による行為」に該当する可能性も出てくるだろうから、事態の推移と現場で起きている具体的な事象について、注意して見守ることが必要になるだろう。

 

時々問題になるのは、自社の調達行動に関する部分(サプライヤーからの材料供給とかサプライヤーにおける労務問題とか)が含まれていない事例。相手方当事者からすれば、複数購買などを通じて対応しろということなのだろうが*9、それが何らかの意味で不可能な場合もあるので、なかなか難しいところ。

 

2 因果関係

次に、上記の事象と免責を主張したい不履行との間の因果関係が問題となるものと考える。ここは自明の場合もあるが、わかりづらい場合に説明を要することになるということになろう*10

 

3 効果

上記の2つが認められれば、他に追加的な要件が付加されていなければ、通常は、免責の効果が生じるはずである。その場合、免責の生じる範囲、特に時間的範囲について、後述のように一定の期間不可抗力事象が継続した場合に契約解除の問題が生じることも想定されるので、そういう問題が生じない範囲がどこまでなのか、について、注意が必要だろう。

 

4 付随的な事項

曲者なのは、寧ろこれらの部分ではないかという気がしている。

(1)通知義務

特に相手方が外国とか遠隔地にいる場合には、不可抗力事象が生じたことそれ自体を、相手方が知らないことも想定されることもある。そこで、不可抗力事象の発生につき相手方通知をする義務を課していることが多い。そこで、規定にしたがって、内容・通知期限・方法(相手方も含む)の要件を充足する形で、適式な通知を行う必要がある。

通知内容として、先の見通しとか、回復スケジュールとかの記載まで求めることも想定されるが(受け手としては欲しいだろう情報だろうから求めること自体は十分理解可能だろう)、今回のウイルス騒ぎのように見通しが立たないときには、その旨を書いて、まずは、適時にかつ可能な限り適式で、第一報の通知を出し、不足する情報は、第二報以下で追完という対応にならざるを得ないのだろう*11

(2)損害軽減または回復義務

こうした規定が書かれていることもいないこともある。その時点でできる範囲のことをするしかないのだろうが、不可抗力事象により生じた実損に対して、保険適用を考える場合には、保険の損害査定との関係で、回復措置を取ることを控えないといけない場合が想定できる。そういう場合に、この義務との関係をどう調整するかは難しいことがあるのではなかろうか。

(3)契約の一部または全部の解除

不可抗力事象が継続しているような場合、契約関係を継続しても、被害を受けていない側の当事者にとっては、得られるべきものが得られず、しかも、その点について責任追及もできないという話になるわけで、そういう契約関係から離脱したいと考えたとしても無理からぬところだろう。そこで、契約目的不達成またはそれに類する状況にまで立ち至った場合には契約解除(解除の範囲は別途問題になるとしても)を認めるという規定が置かれることになる。世銀の契約のように、不可抗力事象が一定日数継続することで解除可能となるという書きぶりのこともある。

この点については、前述の通知が、この種の条項のトリガーとなることもある。そうなると、通知の時点で、将来的に生じうるシナリオとして、契約解除があり得ることを想定しておく必要があるということになろう。何らかの理由により解除を避けたいのであれば、そのために、あらかじめ準備ができること(例えば、材料供給の途絶の場合は、代替的供給先探しとか*12)があるのであれば、それを並行して行っておく方がよいこともあるだろう。

 

結局のところ、目先の事態だけではなく、この事態がどういう形で収斂していくのか、後始末をどうやって行くのか、についてあり得るシナリオを念頭におきつつ、個別の契約の規定に従い、すべきこと、できることを粛々とやっていくということになるのだろう。

*1:こちらの経験の範囲に基づく個人的なメモなので、内容の正確性は無保証であることは念のため付言しておく。なので、誤解等あっても、生暖かい感じでご教示をいたければ幸甚です(汗)。本の要約とかではつまらないような気がしたので、可能な範囲での裏取り目的以外ではあまり本は見ていないことも付言しておく。

*2:その考え方は、日本の民法では419条3項に反映されているといえるだろう。

*3:ここは今回の債権法改正で変わるわけだが…。

*4:frustrationの法理等で免責される可能性はあるが、それもそう簡単ではないように思われる。

*5:手打ちなので、スタイルが踏襲されていない点はご容赦を。

*6:3.11のような大規模災害で契約当事者双方ともに被災しているような場合は、こちらの納品義務が履行不能なのと同様に相手方の受領・検品義務が履行不能になっていることも考えられる。そういう場合は、現場の実務担当者レベルで、契約の規定以前の問題として処理されることも多いように思われる。その当否は別として…。

*7:ドラフティングの問題としてどう考えるかはここでは検討しない。

*8:その場合、爾後の契約書のドラフティングにおいて、不可抗力事象の定義において、当該事態をカバーする形に直すことの要否を考える必要があるだろう。

*9:BCPとかの関連で3.11の後でその種の動きが強まった感があったが…。

*10:後述の通知などの中で説明が必要になることもあるだろう。

*11:通知義務の一部について不可抗力免責を主張するような感じだろうか…。

*12:その場合に、実際に代替先からの供給に切り替える際には別途契約書所定の手続き(所謂4M変更とか)が必要となる場合があることにも留意すべきだろう。