W. ユージン・スミスとニューヨーク ロフトの時代@東京都写真美術館

掲題の写真展を見たので雑駁な感想をメモ。ユージン・スミスに関心があるなら見ておいて良いと感じた。

ユージン・スミスがNYのロフトに住んでいた時代については、その頃の映像などに基づくドキュメンタリー映画を見たこともあった。それもあって、今回足を運んでみた次第。

 

(なぜか傾いているが)入り口はこんな感じだった。

 

全体は4章構成。序章はイントロとしてロフト以前の報道写真家としてのスミスについての展示。有名な「楽園への歩み」を含め過去に見たことのある作品も出ている。

 

第1章はビッツバーグのルポルタージュ。数々の写真から都市全体を描き出そうとしたものらしい。工場の街の光と影、というものを描こうとしたのだろうと思われ、光と影の捉え方は個人的には好ましいと感じた*1

 

第2章はロフトでの日々が、その頃に撮られた写真や、ロフトに会ったロッカー(スミスのメモが扉に書かれている)、壁に貼られたカードなどの再現、その当時録音・録画された動画等によって示されていた。写真については、ロフト内でのミュージシャン等の様子を撮った写真、その頃ロフトに来ていた他の写真家の写真(ダイアン・アーバス等がいた)が展示されていた。それとは別にロフトの中から外を撮った一連のシリーズの写真もあり、ストリートスナップとして、個人的には最も興味深く、街を見下ろして気になったものをピンポイントで撮るという感じが良いと感じた。

この時代については、それまでの報道写真家というよりも、芸術家然としていて、かつ、それまでよりも即興的で、肩の力が抜けているようにも見えて、見ている側としても気楽な気がした。その分、彼の中ではいろいろな葛藤があったのかもしれず、そのあたりがロフトに貼られていたメモ類に示されていたのかもしれないが。

 

第3部がここまでの回顧展の部分的再現というところか。図録を見ると、一旦芸術寄りから報道寄りに回帰する中でのことだった模様。"Let Truth Be the Prejudice"というのは訳しにくいが、真実を先入観とせよとでもいうところだろうか。報道と芸術の融合的な視点が示されているということなのだろう。個人的にその両者がそもそも対立するものなのかがよくわかっていないので、その点についてはなんとも言えない気がするが。

 

第4部が、報道と芸術の融合としての水俣の取材が、関係者の写真なども交えて、取り上げられている。水俣というと最も有名な写真*2が想起されるが、封印されていて*3、別の胎児性水俣病の方の写真が展示されていた*4。融合という意味では成功しているのではないかと感じた。

 

報道と芸術の融合という切り口での見せ方という意味では良かったのではないかと感じた。氏の写真について、それ以外の見方があるのかないのかはよくわからないけど*5

 

単体で撮らなければ写真撮影可だったので何枚か撮ったものを貼っておく。

 

最後に図録などを撮ったので貼っておく。図録もいい感じの出来になっていた。

 

*1:プリントでここまで表現するのは大変だったろうというのは想像に難くない。

*2:英文のwikipediaのサイトがある。

*3:この点はこちらを参照。こういう考え方もあるのか、とは思う。

*4:実名が出ていたので検索すると、ご存命のようだが(具体名はあえて書かないでおく。)、権利処理とかはどうなっているのか気になった。

*5:何となく、John Lennonのソロのキャリアについても某未亡人の見せ方?を想起した。