ネット上で見聞きしたものについての個人的な感想のメモ。個人的な感想でしかない以上異論などがあり得るのは言うまでもない。
ある企業に対する訴訟において、原告側が請求を取り下げたという報道に接した。金銭の支払いなどはなかったとのことである*1。
以前もエントリに書いたが、企業内法務の立場からすれば、訴訟は存在それ自体が負担である。関係する資料は保管期限が経過していても残しておかなければならないし*2、訴訟が存在している限りは、状況の報告などが定期的に必要になる*3。訴訟の推移に応じた準備も必要となる。証人尋問が必要となれば、証人となる人間との打ち合わせなども必要だし、たとえ社内の人間でも通常業務との兼ね合いの調整も必要になろうし、社外となれば、もっと面倒になる*4。そうした対応の手間を考えると、企業側からすれば、訴訟は起こされた時点で「負け」ともいえると考える。そうしたところで、いかなる経緯・内情があったとしても、原告側に訴訟を取り下げさせたのであれば、企業からすれば「勝ち」という見方もあり得るだろう。金銭などの支払いや謝罪広告を強制されないのであればなおのこと。
今回の件では、撤退戦の戦い方という意味で見るべきで、訴訟の取り下げに注目しすぎないほうがよいというような指摘にも接したが、一旦始めてしまった戦いが撤退戦にならざるを得ない判断した時点では重要な指摘と感じた。ただ、そもそもなぜそういう戦いを始めたのかという疑問は別に残る気がする。
訴訟提起をするということは、提起しないという選択肢がある中で、あえて提起することになる。訴訟については、望む結果が得られる可能性とその反対の可能性とあるのが通常である。そうであれば、提起前の見立てがどういうものであったとしても、反対の結果が出たらどうなるかまで考えるべきだったのではないか。自らが不存在を主張する事実の存在を裁判所が認定し、その事実を確定したらどうなるか*5。discoveryのないところでは、相手方がどういう立証をしてくるか読み切れないところも残るはずで、そうなると、望む事実認定が得られない可能性はゼロにならないはず。そういう事実認定をされた場合の影響(裁判外のものも含め)を十全に見積もれずに、訴訟提起まで至ってしまったのであれば、訴訟代理人がなすべきことをやったのか疑義が残るような気がする*6。原告側の地位とかが知名度が大きければその分だけそのあたりの影響も大きくなるので*7、その点の慎重さがより求められると思う。
*1:他にも疑問点はあるが、事案の性質などに鑑み、余計なところに焦点が当たるのを防ぐため、疑問点も絞ったうえ、ある程度抽象化した形にさせていただく
*2:USでの訴訟のLitigation holdのように廃棄それ自体に制裁が科されることはないとしても事実上不利になるリスクをあえて取りに行くことは考えにくいだろう。
*3:訴訟それ自体の推移・見込みを聞かれるだけではなく、弁護士費用の今後の見積もりを聞かれたり、当該紛争に関連して引当金等が積まれていればそれがどうなるか聞かれることもあるだろう。税務上の影響を考えて、終結時期が問題となることもあるだろう。大きなものになれば開示の問題も生じ得るかもしれない。
*4:当初社内にいた人間が諸般の事情で社外に出ることになり、慌てたことがある。
*5:高裁で認定された事実は最高裁では争えないという点のリスクを圓道先生がされていたのが脳裏をよぎる。
*6:原告が企業であれば企業内法務について同様の指摘が可能だろう。
*7:【追記】原告が個人で立場がある場合は訴訟代理人が助言をしても聞かない可能性があるという示唆をいただいた。確かにその意味では訴訟代理人にできることには限界があるだろう。