最近の何だか(2022/3/7)

例によって呟いたことを基にメモ。

  • 在宅勤務のときほど、仕事をする時間に「枠」をはめることが重要な気がする。仕事以外の時間を仕事が侵食することが容易なので。個人的には、よほどのことがない限りは定時でPCを閉じるようにしている。その後は携帯でメールをチェックするだけにしている。そういう外形的・画一的な基準で対応する方が良い気がする。
  • 法務業務のパッケージ化というフレーズに接した。企業ごとに法務という名称を冠した部署が何をしているかが異なる可能性があるのをどこまで理解したうえでの表現かが気になった。仮に、前記の点を脇におくとしても、メーカーだけに限っても、2Bか2Cか、製造に許認可がいるかどうか、ファブがあるかどうか、設備が重いか軽いか、あたりで色々と変わるのだけど、そこもどこまでわかっているのかというあたりも気になるところ。いくつかの類型化+細部のカスタマイズで乗り切れる範囲があるのかもしれない(それでもすべては無理としても)とは思ったりするのだが。また、一見するとありそうものなのに今までないというのは、何らかの理由でできないということの裏返しのはずだが、その点はどこまで理解されているのかというところも気になった。
  • 弁護士業務の「終活」という話題に接したが、弁護修習のときに、指導担当のBが、シニア層の知り合いの先生の廃業に伴い、残った案件を引き継ぐというのを見た。同じ事務所のBが引き継ぐのではなく、別の事務所にいた指導担当Bが引き継いだのはいかなる理由だったかは聞きそびれたが。その他のパターンとしては、身内の弁護士(お子さん、または、イソ弁がお子さんと結婚する)が引き継ぐという事例にも別途接したことが有る。いずれにしても大変な話だとは思う。個人的な経験では、インハウスに入るときに受任していた個人事件1件だけでも対処に困って、同期に泣きついて何とか終わらせたので、件数が多いときの苦労は並大抵ではないだろうなと感じる*1
  • 書籍については、僕の場合、弁護士資格者であっても、著者名だけ見て、内容を見ずに回避する著者も複数名いる。僕の好みが偏っているということもあってのことなので、一般性はないはず。そうは言っても何度か本屋で立ち読みして、購入せず、というのを経たうえでの判断ではあるのだが。

*1:某先生が廃業を決意する旨の呟きに対して色々あったが、立ち止まるべき時に立ち止まれることができるのは、立ち止まれずに再起不能になるのを回避できるという意味では、優れた対応というべきで、僕はかの先生の状況は存じ上げないが、いずれにしても良い選択であると信じる。かの先生の今後が良いものとなることを僭越ながらお祈りする次第。