映画『音響ハウス Melody-Go-Round』

*事前に予約して投稿しています。

日本のポピュラー音楽に関心があるのであれば、間違いなく、必ず見るべき、それもできれば音響の整った映画館で見るべきもの、と断言する(もっとも東京での公開は4/2までだが…再度上映されないかと心より願う)。先日見たのだけれど、もっと早く見たかった。

onkiohaus-movie.jp

 

録音された音楽を聴いて楽しむとしても、その音楽が録音された場、その場に関わる人に興味を向けることは、少なくとも僕は、あまりなかった。この映画は、数々の名曲(最近注目を集めているシティポップも含め*1)を生んだスタジオとそこに関わる人にスポットライトを当てたもの。この映画のパンフレット*2を見ると、このスタジオ(銀座にあるというのが今になってみるとものすごいことだと感じる。)で作られた主な音楽について、1975年から、年ごとにまとめられたリストが付いている*3。2020年のものまで付されていて、このスタジオが今なお現役のスタジオであることが良くわかる(最近の有名どころという意味では、2019年に「紅蓮華」/LiSAのシングルがここで録音されている)。

 

もともとは、スタジオの宣伝用に、スタジオのスタッフに光を当てたショートムービーにする予定だったようで、冒頭に出てくる、生真面目さが際立つメンテナンスエンジニアの方や、その他のスタッフの方の話も、このスタジオがこういう有能なスタッフの方々に支えられていることが良くわかって、それ自体大変興味深い*4。ところが、途中から(パンフレットで見ると、ここの経緯も面白い)、その枠を超え、実際にスタジオを利用し、このスタジオを愛した数々のミュージシャンからのコメントが入ったり、実際に曲を録る風景も収めようという話になって*5錚々たるメンバー*6に加えて、リードヴォーカルを若手*7の歌手を据えて、主題歌が録音されている。その歌を収録したCDがパンフレットについていた。

 

最近では、スタジオに行かずとも録音はできてしまうけれども、才能ある人たちが一堂に会して録音をすることで、個々の才能の総和を超えた何か(それをマジック、と評するのは、あながち間違いではないだろう)が生まれるということが、良くわかる。主題歌の録音風景(こういうものが画像で残るのもあまりないことなので、門外漢にとってはそれ自体興味深い)を見ていてもそのことは分かるが、映画の中で出てくる松任谷正隆さんの次の言葉がこの辺りを何よりも雄弁に物語っている気がした。

うちで打ち込みをやっている間は、奇跡は自分のなかでしか起こらない。でも、ここ(スタジオ)ではべつのところでも起こるし、歌入れのときにも別の力となって起こる。自分の枠を飛び出したいと思ったら、スタジオに行きなさいと言うしかない。

最後の一言については、他の分野においても「スタジオ」を適宜読み替えることで、通じるところがあると思う*8

 

そんなこんなで、日本のポピュラー音楽に関心があるのであれば、歴史的な意義もあるこの映画を見ない理由はないとすら思う。もちろん、贅沢を言えば、もっといろんな人、特にスタジオについてもうるさいであろう達郎さんのコメントーそれがあれば、如何にこのスタジオが音楽家にとって重要なところか、誰よりもわかりやすく、素人向けに解説してくれたと思うのでーが欲しかったし、この映画ではシティポップを生んだ場という側面に焦点が当たっていたこともあって、もっと若い世代の音楽家にはこの場所がどう映っているのかというあたりも*9、見たかった気がする。とはいえ、前記の点に影響するものではなく、いずれにしても、上記の範囲の方にとっては必見と言っても過言ではない。

*1:シティポップが海外でも注目されていることに鑑みると、きちんと字幕を付けて、海外での配給ができないかと思うのだが…。日本文化を海外に宣伝するうえでは格好の道具となることは間違いないと思うのだが。

*2:パンフレット自体、内容が濃いだけではなく、デザインも洗練されていて良い。

*3:このリストも含め、パンフレットも入手したうえで見るとさらにこの映画をよりよく楽しめると思う。

*4:この点については、雑誌東京人2021年4月号の記事もこのスタジオの話が出ていて併読をお勧めする。この号はその記事以外にも、この分野に関心があれば読み応えのある記事に富んでいる。

*5:そのせいで話が取っ散らかった感もあるのだが、ジャムセッション風という見方もできようか。

*6:高橋幸宏井上鑑佐橋佳幸大貫妙子葉加瀬太郎村田陽一西村浩二、山本拓未、本田雅人、飯尾芳史

*7:まだローティーンのHANAさん...そのあたりも踏まえて大貫妙子さんが歌詞を書いているのも凄い。彼女を据えたことで、過去の伝統を未来につなぐという意味も出てきている。

*8:企業内法務であれば、「他流試合」というところになるのだろうか。

*9:映画のウエブサイトでは、本編に登場する方々よりも若い世代の音楽家の方のコメントもあってそこから窺える部分もあるが…個人的には、子供時代に矢野顕子さんの録音に同行した坂本美雨さんのコメントが、矢野さん自身のコメントと併せて、微笑ましく感じた。