経営戦略としての知財 /久慈 直登 (著)

BLJのブックレビューで紹介されていて気になったので購入。一通り目を通したので感想をメモ。

ホンダで知財のトップを重ねられ、知財業界でもそれなりの役職を占められた著者が、考える経営戦略としての知財戦略を説く本。文章自体は読みやすかった*1

 

個別の企業にとっての経営戦略に留まらず、日本としての国の戦略にまで言及しているのが、何ともすごいというかなんというか。経営者視点での知財戦略の鳥瞰という意味では、説かれている戦略への賛否はさておき*2、モノの見方が個人的には興味をひかれた。

 

何らかの点で印象に残ったところをいくつかメモをしておく。

  • 知財の専門深化を受け、知財が専門家にゆだねられた結果、経営陣が知財に疎くなった点が問題との指摘は、なるほどと思った。経営戦略の一環として知財を考えるのであれば、知財に疎いのは適切な戦略を考える上では致命傷になりかねないのだろうと思う。
  • データ一般に対して、知財の一種ととらえるのは、個人的には接したことのないモノの見方だった。ただ、伝統的に知財の対象ととらえられていたものとは、取り巻く法制度の在り方も異なる部分があり(特に個人情報に分類されるものはそうだろう)、その捉え方が適切なのかは疑問が残った。特に個人情報については、取締法規への対応という色彩が強く、伝統的な知財とは、環境が相当異なるので、無理に知財に含めて考えるのは危険かもしれないという気もする。
  • 独禁法に対して、恐竜にみたてて、ジュラシックパークで暴れるだけにしてほしい、という言説は、独禁法に恨みがあるのかもしれないけど、それは違うのではないかという強い違和感が残った。独禁法が介入できない「聖域」めいたものを認めるのは、その中において権利利益を侵害された者が救済を求める手段として競争法が使えないことを意味するので、適切とは言い難い。
  • あと、データの扱いが重要という文脈の中で、当事者間の契約に基づき権利関係を規律するという話の中で、「契約屋」という言い方をされていたのも、やや違和感が残った。著者の真意はさておき、蔑称にも受け取れたし、そういう経緯を欠いた表現は適切ではあるまい。

*1:この種の内容で文章が縦書きということにはやや違和感があったが、経営層向けという意味では適切なのかもしれない。

*2:知財という職掌の職域拡大を狙ってのポジショントークも半分くらい(ご本人がどう認識しているかはさておき)あるのではないかと感じたので、割り引いてみる必要があるのかもしれない。