改正民法のはなし / 内田 貴 (著)

たかしくんの「薄い本」*1に一通り目を通したので、感想などをメモ。

 

 

内田教授と債権法改正というと、改正に主導的な立場であったにも拘わらず、謎の沈黙の期間があったようにみえたかと思うと*2、「法学の誕生」の「あとがき」では、「学問的理由による改正に対しては強い拒絶反応が見られた」など*3ルサンチマンに満ち溢れているとも見える言葉を書かれていたり、先般の学士会会報(こちらも会員なので会報は届いた)でも*4、「その逆風の中で、学問としての法学に対する不信感が実務界から示されたことだった。学問的必要性による改正は、「学理的」と表現され、これが強烈なマイナスイメージとして機能した。かつては敬意をもって使われた形容が致命的レッテルと化している」「実務界は、もはや近代化の手段としての法学を必要としていない」などとおっしゃっておられた。学士会報でのコメントについては、元慶応の池田先生からたしなめられていた。そんなこんなもあって、こと債権法改正について、一般向けとは言え、内田教授ご本人が一冊の本を書かれるからには、相応に何かが横溢するのではないか、そういう下世話な期待を持って本書の刊行を待ち、購入したのだった。

 

前置きが長いが、こちらが期待したようなルサンチマンの類は、皆無とは言い切れないとしても、あまり感じられなかった。一般向けということと、もともとが、ご自身が会長を務め、会長職も新堂先生から引き継いだという職位の、一般財団法人民亊法務協会の機関誌への連載だったからかもしれない。立場故に自重したのかもしれないと勘繰ることはできなくはないのではなかろうか。

 

その辺をいったん脇に置くと、150頁ほどに改正法のハイライト部分を一般向けに解説しているという形であり、細かい点は、同日付で同じ出版社からでた「民法III」の改訂版を参照という立て付けになっている。分量や一般向けという意味では、仮に何かと比較するのであれば、京大の山本教授の「民法の基礎から学ぶ 民法改正 」と比較するのが妥当なのかもしれないと感じた。山本教授の本も付録を別にすれば150頁ほどなので。

 

本書についていえば、改正のハイライトと思われる部分に集中して、その概要を平易に説いていて、文章のわかりやすさ、読みやすさは間違いないと思うところ。

 

他方で、先に挙げた点とも関係するのかもしれないが、違和感や疑問に思ったところもあったのも事実。

 

まず、先に書いたルサンチマンの一端なのかもしれないが、著者が学者として、特にある意味で学者側をリードしたとみなされてもおかしくない立場だったことも考えると、端々に、実務家や裁判官をを悪者扱いしているようにも読めてしまう記載(それこそこちらの邪推かもしれない)があったのは、ある意味やむを得ないのかもしれない。ただ、他方で、学者の側が勇み足だったというような記載はなかったけど、それは勇み足がなかったということかというとそんなことはなかったはず。特に、改正の特色について言及するなかでも、改正経緯を紹介しているところ紹介していないところがあって、債権譲渡については言及がないのだけど、そこのところは、こちらが記憶している限り、中間試案段階では、学者リードでかなり大胆な案だったのを実務家が押し戻した格好だったという印象なので*5、そのあたりへの言及がないのは、前記の印象と併せ考えると、何だか学者びいきに偏っていないかという印象が残った。


また、実務については判例・裁判例しか視野に入っていないように見えたのも気になったところ。調べた限り判例・裁判例にはそういう点を問題にしたものはない(だから気にしなくても良い)というような記載を見ても、その論点がそもそも訴訟になじむのか、というあたりがわからないと判例・裁判例だけを見れば足りるのかわからないのではないかと感じた。

 

ともあれ、改正について、今から情報を入れようというのであれば、読みやすさなどを考えると、本書を「最初に一歩」とする選択肢も十分あり得る*6と考える。

 

*1:「厚い本」という意味では民法IIIがある。

*2:法務省から箝口令でもひかれていたのかと勘繰りたくなる。

*3:依頼者を背後に意識する実務家からすれば、特段問題意識を持っていない規定について、実務と直結しないところから出てきた改正について拒否反応というか懐疑的になるのはある意味当然のことで、それを説得できるだけの術を持たなかった、術を探らなかった方が悪手(ましてや実務家抜きで学者だけで案を考えるというのは、学者だけで「既成事実」化を狙っているのでは、という警戒感をつのらせるだけだったのではないか)だったのではないか、その点について、学者側をリードした立場でのご本人の反省はないのかと思うのだが(この辺りは下の世代の民法学者や法制史の方々からの「総括」が必要なところではないのか。法学者の立法過程へのアウトリーチのあり様のケーススタディとして)、それはこちらが実務家の末席をけがしているという立ち位置故のことかもしれない。

*4:内容については、大川先生のこちらの呟き以下を参照

*5:ちょうど自分が司法試験の勉強を始めたこともあり、現行法の勉強に意識が向かっていたという状況だったので、詳細に改正経過を追いかけていたわけではなく、誤解があるかもしれないが…。誤解にお気づきの方がおられれば、適宜の手段でご指摘をいただければと思う。

*6:個人的には先に挙げた山本教授の本の方が無難かもしれないとは思うが…。