メーカー取引の法律実務Q&A / 筬島 裕斗志 (著), 島田 邦雄 (著), 木村 和也 (著), 冨岡 孝幸 (著), 吉野 彰 (著), 瀧本文浩 (著)

時間はかかったが、一通り目を通したので感想をメモ。結論から言えば、メーカー法務に関係するのであれば必携と言っても過言ではないと思う一冊。

 

個人的には、圓道先生のご活躍もあって、金融系という印象のある島田法律事務所の先生方の手によるもので、前述の印象ゆえにどうしようかと思っていたのだけど、メーカー勤務が長く、先達として尊敬しているmsutさんが、「とにかくデスクに置くのだ」とおっしゃっていたのを見て、購入してみた。確かにその通りというのが読み終わった後の感想。

 

メーカー取引に焦点を絞って、主に時間軸に沿う形で取引段階ごとに法的に生じうる問題点について、Q&A形式で解説がなされている。その中でも、中心は自社とサプライヤー(協力業者)との取引、及び、自社と納入先との取引といえる。前者については、下請法の適用がある場合もあり、考慮すべき内容が異なることもあるだろう*1。メーカー取引に絞って、その中で出くわしそうな問題を丹念に拾っていて、前述の区分にしたがって、分類して解説しているので、巻末の索引と目次を駆使することで、分量がある中でも、必要な情報にたどり着きやすくなっている。

 

個々の解説はわかりやすく書かれてはいて、時節柄、債権法改正で解説内容にどういう影響があるかの解説も有用と思う。また、問いの中には、はっきりした解説がしづらいものもあり、そこについては、解説で可能な限りの検討はしつつも、踏み込みすぎて、頼りづらいということもなく、中庸という印象を受けた。

 

本書については、先に挙げたmsutさんとちくわさんが既にエントリを書かれていて、お二方とも、記載のない分野について指摘をされている。msutさんは災害発生時の対応を指摘されていて、ちくわさんは開発段階の問題について指摘をされている。確かにどちらについても記載はないし、あると嬉しいところではある。敢えてさらにあげれば、最終製品にまつわる解説、たとえば、表示周りの話(景表法の問題が出てくるはず)もない。

 

これらの分野は、著者の事務所のプラクティスの範囲外ということなのかもしれない*2。また、仮にそうではないとしても、そのあたりまで書いていると、一通り目を通すのが厳しい分量になってしまうし、この手の本は一読したうえで、手元に置くことで、十全に使いこなせる本だと思うので、価値を損ねることにもなりかねない。これらの分野は他の本で補うということでよいのだろう*3。これらの分野についての記載がなくとも、解説がなされている分野だけ見ても、相当広範にかつ横断的に解説がなされているので、Q&A形式のQの部分だけを見ても、いかにもありそうなものが集まっているのはわかるはずだから*4、メーカー法務に関与する者にとって有用であり、手元に置くべきという点は間違いはないといえる*5

 

解説のない分野、という以外で敢えてもう少し、改善されると良いのではないかと感じた点を付け加えると、裁判例のあるところについては、裁判例を引くのを徹底してほしいというところ。この本の解説のみで会社の上層部を説得するには、この本が順調にアップデートを重ねたとしても今しばらくの時間がかかると思うので、解説の裏付けとなる判例・裁判例があるのであれば、そこの指摘がもっとあると良いと感じた*6

*1:下請法の下請事業者の方が本書を手に取ることは、個人的には想定しづらいと感じるので。

*2:事務所のサイトをざっと見た限りの印象であり、誤解があれば、伏してお詫びする次第です。

*3:開発段階の問題については、作る物・開発に使うもの等によって、規制が異なる部分もありそうで(医薬系は独特の規制が色々あるのではないかと感じるがどうなんだろう。)、なかなか簡単ではないと思われるうえ、こちらが不勉強でなかなか適切な本が思いつかないが、製造現場の事故対応については、こちらが見た範囲では、危機管理役員手控帖の中で、事故発生から時系列を追って対応を解説するとともに平時からどういう準備をすべきかについて言及があるのが参考になると感じた。表示系については、少なくとも景表法の公取の本などは参考になるだろう。

*4:個人的にも、下請が金型を預かったまま返却してくれないというあたり(p354)は、実際に体験したことなので、頷きながら読んでいた。

*5:個人的には、地味にCISGと債権法改正前民法、債権法改正後民法の3者の比較(p456-462)が、有用と感じた

*6:あと、1点だけ、特に印象に残ったので、さらに細かいことを言うと、サプライヤーが金融業者に債権譲渡通知を無理矢理書かされて、その通知と別の債権譲渡通知が自社に届いた時の対応について(p394)は、解説にある対応も重要だが、それよりも先に、当該業者が倒産したときの代替的な調達先の確保とかを考えた方が良いのではないかと感じた。そういう状態に立ち至るというのは、当該業者が資金的に行き詰っていることの証左であり、早晩倒産状態になることは確かだろうから。