行くか行かないか

何のことやら。例によって雑駁なメモ。例によってこちらの体感に基づく話なので、異論があり得るのは言うまでもない。

 

タイムライン上を見ていると企業法務系の方々の間での頻出の話題というのはいくつかあって、そのうちの一つが、契約交渉に企業内法務が立ち会うのかどうか、立ち会うとした場合に如何なる立ち位置で臨むのか、というあたりではないかと考える。

 

個人的には交渉に立ち会った経験はそれほど多くない。

 

立ち会うべきという議論には、一定の論拠があると思う。事業部門の支援としては有用だろうし、プレッシャーのかかる交渉の場でその場を仕切って自社にとって有利又は不利でない形にまとめるという経験ができるのであれば、交渉力の涵養に有益なのは間違いないし、胆力も養われるだろう。そうした能力は他の場面でも活きることは間違いがない。そのことについて争うつもりはない。

 

とはいえ、そういう機会がどこまであるのかというと、疑問の余地がある。

人的資源に限りがある企業の法務の場合、個別の契約交渉に付き合う時間的精神的余裕がどこまであるのかという疑問がまず最初に脳裏をよぎる。個別の契約交渉の場に立ち会うということは、その間他の仕事ができないということを意味する場合が大半だろう。ほかの仕事を放り出して特定の案件の契約交渉にかかりきりになれるということがどこまであるのか、ということは個別に問題になるのではなかろうか。

 

そして、その次に気になる点としてあるのは、そもそもそうした交渉の場で企業内法務の担当者に何ができるのか、というのも定かではないように思う。

いうまでもなく、契約交渉の話題の大半は、価格や納期、仕様などの法律とは関係のないビジネス条件についてのやり取りになることが多いはずである。こうしたやり取りについて、企業内法務の担当者が、事業部門の担当者よりも、内容を把握して、契約相手となるべき相手と交渉をするということが適切なのかというと、疑義があるのではないか。そういうことが可能となるほど、企業内法務の担当者が個別の事業について知悉できるかというと疑義があるだろう。そうあるべきだという議論はわかるが*1、実態として日々個別の事業を推進している方々を差し置いて、交渉役を担えるだけの知見があるということは考えにくいのではないか*2

 

また、仮に上記の点について、問題がなかったと仮定しても、企業内法務の担当者が交渉役をするのが、個社の会社全体としてみた時に、適切なのかということは別途問題となり得るのではないか。個別の事業の事業責任は個別の事業部が担うことが多く、本社機能の一つである企業内法務部門が負担することは少ないのではないか。仮にそうであるとすれば、企業内法務に交渉当事者足りうる能力が仮にあったとしても、交渉の結果を取り切れない企業内法務部門が交渉を担うのは適切とはいえないのではないかという疑問も脳裏をよぎるところであろう。事業部門に責任が帰着するのであれば、その事業部門が交渉の当事者となるべきではないのか。事業部門の主体性というか、当該事業のオーナーシップを涵養する意味でも、本社機能の一部であるはずの企業内法務の担当者が「でしゃばる」ような真似はすべきではない、という議論もあり得るのではないか、そういう気がする。契約書、となった瞬間の企業内法務に丸投げしようとして、その内容について、読もうとしないような事業部門の担当者がいるようなところでは、事業部門の事業への責任意識の涵養の上では、企業内法務に責任を担うだけの能力が仮にあったとしても、交渉を担うべきではないのではないか、という気がする。契約書が、少なくとも一面では締結後の取引のルールブックとして機能することを考えると、実際に取引を実施する主体が、そのルールブックの策定過程の蚊帳の外に居ていいはずがない。ルールブックへの理解を深めるという意味でも、彼らに交渉それ自体を進めさせるべきという議論にも十分に説得力があるのではなかろうか*3

もちろん、こうした考慮は、交渉の補佐役として企業内法務の担当者が同席することとは矛盾しないだろう。取引の実体的な条項以外のいわゆる一般条項等について、自社の立場からの主張をするなどの場面では、そうした部分への理解が乏しいかもしれない事業部門の担当者に代わって、企業内法務の担当者が自社の立場を説明することには、十分な意味があるだろう。

 

…結局のところ、契約交渉に企業内法務が同席すべきかどうか、同席した場合にどういう役割を担いうるのか、担うべきかは、こうした諸般の事情を個別具体的な状況下で勘案して決めるべきということになるのだろう。

 

 

*1:当為と存在の峻別は重要だろう。できるべきというのと、実態としてできるかどうかというのとは分けて考えることが重要と考える。

*2:仮に知見があるとしたら、そういう人間を企業内法務に置いておくのが、個社の全体最適を考えた時に、適切かというと、疑義があるのではないか。

*3:【up後に追記】もう一つ留意すべきは、交渉の当事者となってしまうと、視点が当事者に「寄って」しまう可能性が生じるということだろうか。その結果として、全社最適の視点からの内容審査などがしづらくなる可能性もあろう。もちろん、企業内法務部門に複数の人間がいる場合には、交渉に入る人間と別の人間が審査をすることで、こうした弊害の軽減の可能性もあるが、その分人的リソースを食われることになる点をどう考えるかという問題はあろう。当然のことながら、以上の点は、契約審査を担う企業内法務担当者が事業部門の外の本社機能に位置する場合に特に問題となるが、事業部門内の契約審査担当が契約審査を担う場合は、人事評価権の存在も相まって、日常的かつより深刻な問題となるのかもしれない。