和解という知恵 (講談社現代新書) / 廣田 尚久 (著)

何の気なしに近所の図書館で借りたのだが、一通り目を通したので感想をメモ。僕自身は和解に限らず訴訟以外の手段による紛争解決について詳しい訳ではないが、その分野の入門書としては良い本なのではないかと感じた。

著者は、弁護士で大学でもこの分野で教鞭を取られており、弁護士でのこの分野の草分け的存在というところのようだ*1。こうした著者が、訴訟以外での紛争解決手段、主に和解について、極力平易な言葉で語っている。語り口調なので、読みやすい。

 

訴訟以外の手段による紛争解決(いわゆるADRということになろうか)とは一体どういうものか、訴訟とはどういう違いが有るのか、その手段を用いる場合にはどういう心構えで望むべきか、というあたりについて、細かな技術論以前の考え方を丁寧に説明している。著者の経験に基づく実例も交えているので、予備知識がなくても理解しやすいのではないかと感じる。

 

基本として語られているのは、相手の話をよく聞く、自分の言葉を届ける、評価的な意味の言葉は避ける、というあたりで、別に対外的な和解等の文脈以外でも重要そうでは有る。また、それぞれが基本とされる理由もなんとなく想像ができるし、書かれている内容もその想像から大きく外れるところはないように見える。とはいえ、実際これらを徹底するのは難しいと感じる。このあたりで自分の全人的な能力を試されるのだろうということは強く感じた*2

 

他方で、語られていないこととして気になったのは、和解という考え方の限界というか和解に向かず、むしろ訴訟という形が望ましい場合がどういう場合かというあたり。和解自体が言語によるコミュニケーションを前提にしていることからすれば、それが成り立たない相手に対しては、和解は不可能(またはそれに近い状態)ということになりそうだということは想像しやすい。著者が和解を唱導する立場で、紙幅の制約もあるところでは、そのあたりまで触れるのは難しかったとは思うが、何らかの言及が欲しかった気がした。また、入門書という意味では「この先」への読書案内のようなものも欲しかった。

 

いずれにしても、紛争解決の手段として、訴訟だけではなく、それと立ち位置の違う和解について、理解を深めておくことは有用であり、そうした分野への入門書として本書に目を通しておくことは有益と考える。

*1:訴訟上の和解については、草野元判事が有名だが。

*2:こちらの人格の陶冶が不足しているだけという気もしないではないが、その点は脇に置く。