NDAと言う場合の文脈の重要性について

相変わらずと特定方面から言われそうだが、呟いたことを基にメモ。

#up後に複数回にわたり加筆した。

 

NDAについては、各業界でよく見受けられる契約類型なので、いろいろな人が様々なことを言っているのに接するが、それぞれの言っている文脈を無視した一般論を展開するのには危ういところがあると、自戒を込めつつではあるが、感じる。それぞれの文脈において、いかなるNDAを念頭に置いた言説であるかを踏まえないとその当否を適切に判断することができないのではないかと感じる。

 

NDAなんぞセレモニーにすぎない、あんなものを真っ赤に直すのは意味がない、というような言説に接したが*1、どうやら発言の主はM&Aなどの業界におられているようで、M&Aのような取引について使われるNDAを前提においた発言のように見受けられた*2。確かに、その種の取引は、金額の大きさに比例してはらむ危険が大きいとはいえるが、所詮一回限りの取引といえる。また、取引にスピード感が求められる場合も多く、文言について細かい交渉をしている場合でないことも多いし、その辺りで揉めるくらいなら他のところで揉める可能性の方が高いかもしれない。その限りでは、先の言説は間違っているとは言えないだろう*3*4

 

この手の言説に違和感を覚えるのは、僕も含め、JTCのメーカー関係者が多いように思う。違和感の原因となる一例をあげると*5、特にB2Bのメーカーの場合、NDAが並行して複数取り交わす可能性もある。製品の購入検討のために対外的に秘密にしている仕様などを開示するようなケースでは、仕様などの重要性、情報の陳腐化の速度などに応じて、秘密保持期間などの内容を異にするNDAを締結することが必要になることもある。同じ相手と複数のNDAの交渉をすることも想定されることになる。一回きりのNDAとは話が異なる。あるNDAについての交渉で行った「妥協」が他のNDAにおける交渉で「先例」として自社に不利に働く可能性も否定できない。

 

以上のような文脈で用いられるNDAM&Aで使われるNDAとは、影響の出方が異なることもある。そういう差異が認識されているところで、先のM&AでのNDAを前提にしたかのような言説をすれば、批判を受けるのは避けがたいのではないか*6。そして、そういう状況下では、文言に拘って文案を真っ赤にすることにも意味がないとはいいがたいのではないか*7。もちろん趣味的な拘りで無駄に時間を費やすのは避けるべきではあるが。

 

ある種極端な対比をしたのかもしれないが*8、同じ名前のものであっても、異なる文脈の下では異なる理解をされる可能性があることを前提に、むやみに射程の広い一般化には注意すべきということになるのではなかろうか。

*1:NDAで揉めるのを見たことがないという話も出ていたが、NDAが機能したからこそ揉め事を回避できたとしてもその事実が相手方当事者の観測にかかる可能性がほぼないことを考えると、揉めるのを見たことがないことを持ってその効果をあれこれ言うのが適切といえるかというと、個人的には疑問を禁じえない。

*2:その言説の当否を問題にする意図はないので、リンクなどはしないでおく。

*3:別の文脈で、取引開始時の儀式的に、実際の秘密情報の授受の有無に関係なく取り交わすNDAも同様に内容にどこまで拘るべきか疑義を抱かれることがあるのも理解可能であろう。個人的にはそのようなNDAはそもそも取り交わすべきではないと考える。NDAの内容は、授受される秘密情報の質によっても異なることがあると思うし、特定の秘密情報の授受を想定していないNDAは、そういうものが存在するがゆえに、却って特定の秘密情報に合わせたNDAを取り交わすことを阻害する可能性すらあると思われるので、むしろ有害無益かもしれないと考える。

*4:M&Aの中で交わされるNDAについてはこちらもそれほど内容に異議を出すことはない。ただし、それでも譲るべきではないと判断したところについては、修正を出すことはあるが。

*5:他にも内容について拘らなければならない文脈は想定可能だろう。

*6:こちらの部下がその差異を弁えない発言をしたら、叱責をしなければならないと考える。

*7:スピードはどうするのかという疑問が生じるかもしれないが、その場合は、その当否はさておき、一定の危険は覚悟のうえで情報の授受を先行させることもある。スピードはすべてを正当化するわけではないということは言えるのかもしれない。

*8:極端に見える2つの文脈をざっくり比べてみただけで、NDAを取り巻く状況は異なるといえる。そういう文脈を無視して、文字面だけに拘ることは適切ではないだろう。最初の会社でNDAを見るようになったときに、最初にその種の指導を受けたことを思い出す。また、そういうことが頭にあるのでM&Aメインと思われる事務所がNDAの本とかを出しているのを見るとなんだか微妙な感じがする。