法学教室2021年10月号

例によって呟いたことを基に箇条書きでメモ。

  • 巻頭言は答案の誤字についてのもの。松下先生が、採点者に与えるダメージの大きな誤字を挙げているのが興味深い。敢えてダメージを与えるためにこれら誤字を意図的に使ってみたい気もする*1
  • 法学のアントレは教科書の読み方について。このネタはわりによく出てくる気がする。学者の方々にとってはネタにしやすいのだろう。最後のオチというか、締めくくりのところは、果てしなく同意。学生時代こそ無目的な読書をすべきと思う。
  • 外国法の記事は中国法。歴史や社会の基礎的な制度が違うということを実感する。「結」のところで、現在の中国の在り方について相反する二つの見方が示されているのが、興味深い。個人的には肯定的な理解の仕方には抵抗を覚えたが。
  • 時の問題は、個人情報保護法改正とデジタル改革関連法、特にそのうちの個人情報保護法改正について。デジタル庁について「予定とおりの機能を発揮するかどうかは一にも二にも人材の確保にかかっていると言って過言でないと思われる」というが、最初の長官の人選を見た時点で、個人的には期待しがたいと感じた。
  • 判例セレクト。
    憲法の夫婦同氏制の件は、H27判決との差異の指摘が、H27判決を受けて原告代理人が戦略を考えたことが伺われて興味深かった。
    民法では、憲法の記事と同じ判決を採り上げる。「夫と妻がそれぞれの人格的利益を同等に共有できないという夫婦同氏制度が平等原則との関係で抱える構造的な問題点についても法廷意見側からの応答はない」との指摘の切れ味の良さが印象的。
    行政法の、被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報の開示請求対象性の件は、被収容者が収容中に受ける診療の性質は社会一般において提供される診療と異なるものではない、という指摘は重要と感じた。
    商法の監査役一人のみとなった場合の報酬増額決定の件。監査役の報酬規程の趣旨や、監査役報酬の上限が決まっていることなどから一人のみの監査役が自己の報酬を上限内で増額することを適法としたが、監査役一人の時の扱いを考えたことがなく、言われてみれば納得というところ。評釈末尾の指摘にも納得。
    民訴の検証物提示義務を免れる正当事由の判断は、発信者開示を求める文脈での話のようなので、発信者を突き止めるのは今回新しく認められた手続きを使ってやれということなんだろうか。
    刑訴の裁判員裁判対象事件からの除外、については、「生命、身体若しくは財産に危害が加えられるおそれ」についての判断基準の議論も興味深いが、本決定の具体的な事情が興味深いというか、記載の事情の下では、裁判員なんか怖くてできない、としか思えない。幸いなことにもはや裁判員をやることはないのだが。

  • 演習。
    憲法は、平等問題の判断枠組みについても、別異取り扱いの正当化審査の方法についても、いずれも分かりやすく書かれているうえ、取り上げられている題材も今どきの話で、試験でネタにし易そうに見えるので、受験生向きによい題材に見えた。
    行政法。処分性について、議論に仕方を示すとともに、同じ題材について、処分性肯定・否定双方の結論になるよう立論を解説しているのが面白い。個人的には処分性否定の方が説得力を感じたが。
    民法。抵当権に基づく物上代位と債権譲渡の競合とかの話だけど、劣後譲受人等への弁済と478条の適用に関して判例法理の理解を一般人に求めるのは酷だから一般人基準で過失の有無を判断すべきというのは理解可能ではあるが、法の不知はこれを許さずという法諺との関係はどう考えるべきかについては疑問が残った。
    商法の大河演習。今回は特に悪乗りはないみたい。取締役の監視義務と内部統制システム構築義務との関係の整理が簡潔でわかりやすくて良かった。
    民訴。基準時後の承継人に対する判決効の拡張の話。「問題を争うにはどちらの当事者がどのような手続負担を負うべきかを考えることこそ、手続法の醍醐味といえる」らしいけど、醍醐味が良く理解できなかった(汗)。
    刑法。同意殺人、同意傷害あたりの話。色々な説が出てきて結論も分かれるので、どれを取るべきかというあたりが気になる。理論的な一貫性と妥当な結論が重要というが、それをどうやって見極めるかがあまりはっきり理解できていないので(汗)。
    刑訴。一罪の一部起訴とか告訴の不可分とかの話。親告罪での告訴が無効になると実務では多大な混乱が生じるとあるが、そうなの?というところ。刑事を扱ってないからこの辺りはよくわからない。
  • 特集1。
    神作先生の各記事の紹介と特集の全体像の紹介の次は、Ⅰで会社の目的について。会社の目的をめぐる諸外国も含めた議論の鳥瞰が興味深い。日本の利害関係人への配慮が、欧米の議論を先取りしているように見える点や、株主中心主義への揺り戻しの原因の一つに規制法の限界があるのも興味深い。
    Ⅱの利益供与。120条の位置づけの変化が興味深い。積極的な活用を支持する意見(脚注36に引用されている指摘も重要と感じた)や他の手段がある場合には、刑事罰と連動する利益供与規制はできるだけ回避が望ましいという点については、賛成。
    Ⅲは総会及び取締役会決議における特別利害関係の意義。総会の株主は特別利害関係があっても議決権行使ができるに対し、役会での取締役は議決権行使もできない。その差異を会社に対して負っている義務の有無から導く解説は、なるほどと感じた。そういう比較を考えたことがなかったので。
    Ⅳは、会社の業務執行について。348条の2のセーフハーバーが出来たことは予測可能性の向上という観点からは良いのだろう。ただ、注22にあるように、業務執行役の担当業務外の部分と、非業務執行取締役とで、リスク要素へのコントロール能力に大差ない気もするのに責任に有意な差をつけてよいかは疑問。その意味で「おわりに」にあるように責任限定の在り方の見直しがあっても良いのではないかと思う。
    Ⅴは不公正な新株発行に係る規律ついて主要目的ルールの裁判例の分析が面白かった。これから裁判例の中でどう解釈が動くかにも興味深い。
    Ⅵは組織再編行為・締出しに際する株式買取請求権。価格の話に議論が行きがちな気がするけど、請求可能な株主の範囲についての論点は把握してなかった(汗)。
    特集1は、条文に出てくる文言から基本的な問題について、こういうところに議論があるのかと感心しながら読んだ。こちらが経験した範囲が狭いせいで意識したことのある範囲が狭いだけという気もするが(汗)。

  • 特集2。泉水先生の趣旨説明では狙いがわかりやすく示される。経済法は確かに大学生ではとっつきにくいかもしれないので、大学生にとって身近に見えるPF事業者ネタを題材に基本を語るというのは適切なのではなかろうか。
    1はAIを使ったカルテルの話から不当な取引制限の話を。最新技術に惑わされずに事実をしっかりみてあてはめをすることの重要性を実感した。
    2はgoogle, fbの行為を題材に私的独占についての説明。前段で日本の私的独占の制度の説明をしているのに、後段でUSでの訴訟の話になっているのは、両者の関係が不明確に見えるので、要件論がある程度日米で共通化している、みたいな説明があるべきだったのではないかと感じた。
    3はDPF事業者への個人情報の提供を題材に優越的地位の濫用の解説。この特集の他の記事よりも紙幅があるせいか、丁寧に条文も引いてありわかりやすい。個人的にはイントロダクションでの著者の体験談が、DPF業者の行為への違和感を的確に表現していて秀逸と感じた。
    4は企業結合規制について、Yahoo!とLINEの経営統合の件を題材に解説。そのうち2つの市場に絞っての解説で、この件をあまり勉強してなかったので、参考になった。
    特集2は、想定読者層に身近そうな話題を使って4分野についてについて基本を解説するという感じで、とっつきやすい感じになったので、狙いは成功していたのではないかと感じた。
  • 講座。
    憲法は政府言論の法理。政府言論が観点中立性の要請に拘束されない状況下で、如何に統制していくかの検討過程が、個人的には読んでいて面白かった。現下の政治状況(こちらが認識している範囲のものだが)が脳裏によぎるからそう感じるのだろうけど。
    行政法。行政裁量。裁量権の逸脱濫用の判断基準をどう考えればいいのか、受験生の時は、今一つ腑に落ちない感じだった従来の社会観念審査に加えて考慮事項に着目した判断過程の統制をおこなうというのが判例の到達点のようだけど。なぜそうなるのかは記事を読んでもよくわからない印象が残った。
    水野先生の家族法の連載はお休み。
    会社法の講座。払い込みの仮装について。払い込みが仮装された株式の効力についての記載は面白かった。取締役とかの責任問題の方しか考えなかったことしかなかったし、実務でも直面してないので。
    民訴の講座。知的好奇心を刺激するかどうかは著者が言うことではない(しつこい)、というのはさておき、補助参加にしても独立当事者参加にしても、文中の批判には納得するところ。訴訟告知は、以前のメーカー勤務時に商社経由で販売した製品のトラブルで、ユーザーから商社が損害賠償請求訴訟をされて、商社側から製品の問い合わせとかが来ていたので訴訟自体の内容は知っていたが、その内容に比して、こちらに告知内容の内容が薄かったことを思い出した。
    刑法は正当防衛の正当化根拠について。殺人すら認め得るという協力効果から考えて、強固な理論的な根拠を求めようとしているというのは理解できるような気がした。ちょっと極端な気もしたけど。
    刑訴は座談会の最終回。自白法則についてのやりとりの中では、任意性について、Jの方が取り調べの適正さが判断に影響する旨述べているのは成程と思ったところ。また被疑者取調に関して黙秘権行使後も長期の取り調べが続くことの問題点を指摘する宮村Bに対してPJの方々のコメントがないのは何だか物足りない。Jの方はさておき、Pの方のコメントがないのは都合が悪いからか(こういうところで黙秘権行使?とか思ってしまう)。録音録画媒体の証拠利用については、結局よくわからないというJの方のコメントが印象的。違法収集証拠排除についてはやはりハードルが高いと感じた。

*1:GPAに負の影響が生じるとつまらないので実際にはお勧めしないけど