問いかけの意味は

例によって呟いたことを基に雑駁なメモ。

 

出遅れたけど、契約書の審査の時に、当該契約書類に化体しているビジネスの利益率とかを訊くという話に接した。最近は自分で直接契約書の審査をすることが減っているが*1、個人的な感覚としては、時間などの制約の中で、訊くことが可能ならば、訊いた方が良いと考える*2

 

理由の一つ目は審査の実体面として、審査が的外れにならない確率が上がるという点があげられる。頓珍漢な審査をする可能性が減るということが期待可能であろう。


もう一つ重要と感じる点は、法務からのそうした問いかけに対する対応によって、法務からの折り返しの仕方が変わる可能性があると考える点である。問いを発した相手の対応を見て、相手のビジネス理解が不十分であれば、それに応じた教育的配慮も入れることができるかもしれない。時として、惰性で作業をしているに過ぎない担当者の場合、契約書類の中身を理解していないということもあり得る。契約書類が契約当事者間では、当該取引についての行為規範となる以上、その理解がおぼつかないのであれば、理解を促す形での指導を入れることは通常有益となるものと考える。他方で、いろいろな取引のニュアンス・相手との間合いとかまで理解しているというのであれば、時として、より踏み込んだリスクテイクが可能な場合も出てくるだろう。言外のニュアンスとかも含めて取引について十全な理解をしている相手とそうでない相手と、審査の折り返しが異なることがあり得るのは、それほどおかしなことではないと考える。

 

さらにいえば、やや希望的観測にすぎるかもしれないが、その種の問いかけを続けることで、相手にその種の問いに答えられるようにするようある種の「圧力」をかけることで、自分たちが何をしているのかに自覚的になり、惰性で物事をやらなくなるということができるかもしれない。惰性でやっていないのであれば、状況の変化に応じた契約の見直しについても意識が働きやすくなるだろうし、そのことを通じてリスクの低減に繋げることができるのではないか、そう考える。

*1:一定のものについては、諸般の事情で下の人に依頼ができないので、まったくやらないというわけではない。そういう場合は、普段やっていない分、勘が鈍っていないか、見落としが生じていないか、不安もあるが、何とかやるしかない。

*2:もちろん、訊いたからといって、常に適切な答えが返ってくるという保証はないのだが。また、理由はさておき、訊かれて怒られたこともある。いまだに納得はしていないが。