キャリアデザインのための企業法務入門 / 松尾 剛行 (著)

一通り目を通したので感想をメモ。法学部の学生さん向けの企業法務の本として優れているだけではなく、企業法務の入門書としても優れていると感じる一冊。

 

極めて多作な書き手である松尾弁護士*1の手によるもので、法学部での授業ノートが基になっている。企業法務の入門書という意味では、セオリー本などとの比較も可能だろう*2

 

記載については、企業内法務の立場から見ても違和感を覚えるところは少なく、これだけ企業側のことを把握しているのは流石、と感服する次第*3。また、脚注を見ると、ご自身の論文・著書が多く、これまた驚きを禁じ得ない*4

 

メインの想定読者が法学部生ということから、キャリア選択の視点からの記載があること、それゆえに、実務に入ってからの心構え・仕事のやり方に関するところの記載まではないことはセオリー本との差異という見方も出来よう。その分、公共政策法務のような、企業法務内での認知の高くない分野についての言及があることが本書の特色と言えるかもしれない。紙幅の関係もあって、それぞれの分野についての記載は、必ずしも多くないが、その分、特徴を的確に捉えていると感じる記載が多く、キャリアを考える学生の方々にとってもお手頃な分量になっていて、そういう学生さん向けという企画意図からすれば適切なのだろう*5。そのような意味では類書はあまり見られないと思われるし、そのような用途では、本書はうってつけと言えるだろう。この手の本の需要は続くだろうから、今後も適宜改訂を重ねて行ってもらいたいと感じる一冊。

 

追記)

ちくわ先生と経文緯武先輩の本書に対するコメントに接した。

chikuwa-houmu.hatenablog.com

tokyo.way-nifty.com

経文緯武先輩の方は、こちらごときを捕まえて賢人というあたりからし*6、嫌な予感しかしないわけだが(汗)、内容的にも、お叱りを受けているような気がしてしまう。

書かれているご批判は理解することはできるものの、敢えてお言葉を返させていただければ、値段も考えて、量をある程度の範囲に収めることも重要ではないかと考える。指摘があった内容については、優先度が低いとして言及がなかったのかもしれないと感じるし、それはそれで尤もな判断なのではないかと考える。

*1:複数名いるのではないかという説を聴いたことがあるが、真偽を確認したことはない。AIを駆使しているまたはご本人がAIであるという説についても同様に真偽を確認したことはない。

*2:企業内法務の実務では、本書とセオリー本と併読してもらうのも一案ではないかと考える。

*3:おそらく記載されているべきと思いつつも、記載がなく、違和感を覚えた点を敢えて挙げるとすれば、記載されている機能を果たす部署が社内で如何なる名前の部署であるかについては、ルールがなく、他方で、法務と冠する部署について何をして、何をしていないか、ということについてもルールがなく、いずれも企業ごとに異なる点についてが挙げられる。あとは、ここれは個人的な好みであるが、所謂LegalTechについての記載は、こちらのようなその手のモノに対して懐疑的な見方をする者からすれば、やや前のめりという印象があった。これは、著者が、某件で某ベンダーに意見書を出されていたという情報に接したことからそう思うのかもしれないが。

*4:著作目録で近刊まで表示されているのも驚く。他方で、労働・知財についてはその種の記載がなく、著者の活動領域が示されているとも感じた。

*5:敢えていえば、企業内法務部門で扱うことの多い分野の話では、債権回収・保全や不祥事対応・紛争対応というあたりは記載がないが、企画意図を踏まえて分量を抑えるという意味では、やむを得ないのだろう。本書の後に読むべき本についての案内も、企業法務の入門書的な本だけを紹介するにとどまっていて、実務書などへの言及がないのも同様の考え方からすれば理解できるところ。脚注に引用されている文献を読むことで一定程度カバーは可能だろうが。

*6:賢人というのは経文緯武先輩のような方に向かって言うべきと考える。