例によって#萌渋スペース 用のメモ。いつもながらに、以下はこちらの体感等に基づく現時点での個人的な意見であり、異論などがあり得るうえ、こちらの現在および過去の行動については、いつものように高い棚の上に上げられていることをあらかじめ付言しておく。
今回、所謂ブルペン(要するに3人でのDMのやり取り)でいただいた、くまった先生からのお題は、概略次のようなところ。
事業会社からみて*1、法務部に法務未経験、非法学部、資格者/非資格者を採用する理由と人事戦略、法務へ期待するものはなにか、ローテーション問題、外部との使い分け。
これらについては、会社から見て、ということなので、これまでのエントリが、従業員・管理職という個人ベースで考えたのとは異なる物の見方になっても不思議ではないだろう。
いずれの問いについても、答えは、企業経営者が自社の法務機能として何を求めるか、という点から導かれるのではないかと思われる。そこで、個別に答えるというよりも、以下で適宜言及していく形をとりたい。
有資格者を企業内に求めるようになったのは、主に新しい*2ロースクール制度以後の話であるように見えるし*3、今なお、資格が必須とは考えない企業が相当数あることを考えると、企業の経営者の基本は、社内に法律の専門家を求めていないのではないかと考える。有資格者であることは望ましいとは言えても、必須とは言えないということと考える*4。あると望ましい特質と、なければならない特質とは区別する必要がある。そもそも外部から適時に許容可能な価格で調達可能なものは、内製化する必要がないということがまず言えるのではないだろうか*5。
こういうと、アメリカの例を引き合いに出す向きもいるだろうが*6、あれは、アメリカ特有の制度である懲罰的損害賠償とかクラスアクションとかディスカバリーとか秘匿特権が前提にあるのではないか。そういう意味で、アメリカ特殊的な議論を無批判に持ち込んでいないかという点は意識する必要があるのではないか*7。弁護士登録及びその維持に伴うコスト*8が、余計にかかるとなればなおのこと*9。
もちろん、法務以外の部署の人間(経営者を含む)は、法務の業務の能力を正確に評価できない可能性もある(もちろん、そうでないこともある)から、その場合に、資格者であることが一定の担保として安心材料になることはありえる。ただ、その場合でも安心材料の対価として見合っているのかという疑問が別途生じることは言うまでもない。この点は、特に非金銭的な部分、資格者であることと引き換えに、その他の人間に比べて劣る部分がある場合に、より明確に意識されるべきと思う。個人差が大きくて一般化しづらいことや、明示的に語りづらい部分に存在することが多いからか、あまり明示的に語られているのを見た記憶がないような気がする。例えば、プライドが高すぎる(当人の主観とは別にそう受け取られてしまう部分も含め)とか、人事上の硬直性が生じて「扱いづらい」とみられる点とか、コミュニケーションに難があることがあるとか、可能性レベルでの指摘は不可能ではないと思う。存在していると思いつつも、俎上に載せないことが適切なのかということも考える必要があろう。
仮に、法律の専門家の知見は外から買ってこれるということを前提にすると*10、外から買ってきた法律の専門知識に基づいて、企業の意思を決めて、それを実行する過程を、ガーディアンとかサポーターとか言われる形で支援する*11、ということが「中の人」としての企業内法務がまず抑えるべき必須機能になるのではないか。その際には、適切な「買い物」をするための目利き*12も、必須機能の中に含まれることになろう。そこには一定の法律についての素養も含まれるだろうが、それと、外の専門家としての知見とは等価とは限らないだろう。外の専門家が専門分化を進めるのに対して*13、法務外の事柄も含めた横断的な知見が求められることが多いのではないかと考える*14。そして、高度な専門性のある知識は外から「買ってくる」ことを前提にすれば、「中の人」については、別に有資格者や法学部卒であることは必須ではないということになろう。法律的な知識についてすべて外の事務所に「投げる」として、その前処理と後処理ができれば足り、その処理をする際には「買ってくる」側に法律的な素養が高いことは必須ではないのではないかと思われる。
そして、「買ってくる」前提の前後の処理については、一定の法律*15の理解があると望ましいということにはなるだろうが、必須とは限らず、法律の弁えのある人間にビジネスのことを教えるのとは逆に、ビジネスの知見の豊富な人間に、必要な範囲の法律の知識を与えることによって、企業内法務担当者とするということは、ありうる方法と考える。実際にそういう実例を過去において見たことがある。そういう意味では、企業内法務に配属する際に法律の知識を必須と考えるのは、そのうちの片方だけを考えているという見方も可能だろう。要するに、企業内法務の担当者は、ビジネスの理解と、法律の理解とが交差するところにいることが求められると考えると、片方を理解していると思われる人間にもう片方を教えるというだけの話だという見方もあり得て、そのどちらが容易かという議論の仕方も可能ではないかと考える。もちろん、企業内で習得させるのがどちらが容易か、というと両者に差異があるのも事実なのだが。ただし、そのことは、容易でない経路を採ることを排除するものではないだろう。
次に、どういう経路であっても、養成された企業内法務担当者をその企業内のどこに配置するか、という点も議論があるところだと考える。その議論の中でローテーションというものが議論になる*16*17。
企業内法務の機能を、ざっくり分けて、企業内のどこで発揮させるかという点については、中央集権的に本社法務部で一括対応するか、事業部門に一部分有させるかという議論があって、ここは会社ごとの組織の在り方と直結する部分と思われる。法務機能だけの話でもないし、一律の答えがある話ではないだろう。
ともあれ、ローテーションのメリットとして考えられるのは、法律的な素養がある人が各所に偏在している方が、リスクを検知するセンサーが適時に反応する確率が高まり、業務が円滑にまわることに資することも期待されるという点であろう。中央集権的組織において、中央に情報が適時に適切に吸い上げられるのか、特に大きな組織であれば、抜け漏れが生じる可能性は否定できず、その意味では、そうした人員配置に一定の説得力が出ることもあるのではないか。
他方で、事業部門の中での法務機能ということに、一定の限界が生じうることも無視できないだろう。事業部門長に人事権が握られている状況で、その意向にブレーキをかけづらくなること、本社法務部門への相談がしづらくなることは想定されるし、事業部門内の業務配分で、法務業務から外されるなどの措置が講じられる可能性もあろう*18。事業部門で責任を持つことを求める以上、一定の裁量も付与することになるし、その中でのバランスのとり方が難しい。その点はこちらも過去に体感したところである。
そして、ローテーションというからには、人の異動を伴うわけだが*19、事業部門に、本社側の意向に基づき一定の人を配置すること自体に、前述の意味での難しさがあるところで、それを動かす、となると、さらに難しさは増すだろう。事業部門内にいて、その事業部門の諸々の事情に習熟し、当該部門内で想定していた機能を発揮するようになったところで、その人間を、当該事業部門側の意向に関係なく異動させるとなれば、事業部門側から何らかの異議申し立てがあることも想定されるだろう。意向の調整をしていると、ローテーションが成り立たなくなる可能性もある。また、当の異動することになる人間にとっても、自分のキャリアの予測可能性が立ちづらいと、流動性の高いところでは、離職の危険が出てくることになる*20。それとは逆に、異動を前提に「お客様」扱いして、習熟しないままに戻す形になったのでは、そもそも想定していた機能が発揮されないこともあろう。そんなこんなを考えると、ローテーションはある種の理想ではあるかもしれないが、達成は見た目よりも難しいのではないか。
…とまあ雑駁なメモをしてみたが、特に結論めいたものはない。
追記)経文緯武先輩のエントリはこちら。併せてお読みいただければ幸甚です。
*1:こちらが事業会社にいるが故のお題だろうが、いずれにしても、こちらの経験に基づき、以下の話は事業会社に限っているので、金融などの非事業会社については話の外であることを付言しておく。
*2:USでの形が「元ネタ」となったロースクールが始まったときから考えてもすでに20年近い時間が経過しているので、新しいと言っていいのかは議論の余地があろう。
*3:例外がある可能性は否定しない。
*4:自分が有資格者になったから、有資格者でなければ、というようなポジショントークをしても良いのだろうが、少なくとも現時点では、自分自身がそう思ってない。自分に嘘はつきたくはないので、このような物言いになる。
*5:個別具体的な状況下で、調達可能でない可能性があることは承知しているが、むしろ例外的な状況だろうと考える。それが常態であれば、そもそもこの種の議論は生じ得ないはずなので。
*6:某書の翻訳が出ているせいもあって、GMの元GCの言が引き合いに出されるのを見ることが多いが、GMがその後どうなったかということや、そもそも大概の日本の企業はGMのようにGCまたはそれに類する立場の人間に、人事権を含む権限をそれほど与えていないことを無視するのは適切とはいいがたいのではないか。到達不可能な目標を提示して叱咤激励するのは適切とは言えないだろう。
*7:それとは別に、アメリカでも経理がCPA必須といえるかどうかという点は、比較の意味で考えてみてもよいのではないか。こちらが在籍した某米系メーカーでは必須ではなかったようだった。
*8:しかもアメリカよりも格段にコストは高い。公益活動を行わないことに伴う負担金の類まで勘案すれば更に高くなる。公益活動を行っていたとすると、その時間は勤務先での業務ができないわけで(業務時間外にすべてができるとは限らず、有給休暇を取っての対応となることもあろう。)、これらの点をどう考えるかは、意見が分かれるところではないだろうか。
*9:そういう意味では、修習修了者であることと、実際に登録をしていることの間の価値の差ということも意識しても良いのかもしれない。メリット・デメリット双方あるので、単純な議論はできないだろうが。
*10:常に成り立つ前提かどうかは検討の余地があることにも留意が必要だが、ここでは可能であるものと仮定しておく。
*11:この辺りをどう定義するかについても、議論があり得るとは思うが、こちらのエントリではその辺はいったん脇に置くことにする。
*12:「買い物」相手の選択、「買い物」をすべき時期、「買い物」の仕方、「買い物」後の対応というあたりも関連して含まれることになろう。
*13:企業内では特定の専門案件に常時接し続けることは困難であるとすれば、内製しないことには意味があるという話にもなると考える。
*14:企業内でも特定の分野に特化して、外ではそれが成り立たないという事例も存在しているのは事実だが、割合としては低いのではないか。
*15:ここがどの領域の法律分野なのか、及び、どの程度の理解がいるのか、については、企業ごとの事情を踏まえる必要があろう。司法試験でカバーされる法分野と重ならないこともあろうし(その方が多いのではないか)、分野としてカバーされても、レベル感的には司法試験のレベルで足りるとは限らないだろう。むろん、司法試験合格・司法修習修了までたどり着けるだけの能力があるのであれば、法律論の部分については、学習により、不足部分を補うことが可能であろう。その点の安心感は、資格者の明らかな優位点とみることは可能だろう。もちろん、その他の点も含めての総合評価が必要であることは言うまでもない。
*16:ローテーション自体は、企業法務担当者として養成する中で事業部門の理解を深める意味などでも使われることになるが、そちらの話はいったん脇へ置く
*17:この辺りは某法友会の某レポートに端を発して議論をしたことがあった。
*18:もちろん、法務以外の業務に従事することになっても、法務で培われた感覚が有用なことがあるのは言うまでもない。
*19:一定のタイミングで強制的に異動させることで、業務の属人化が生じる可能性を減らすことができるという点もメリットしてはあげられるだろう。
*20:こちらが最初の勤務先を退職したのはこの辺りの要素が一因であった。