脊髄反射的なエントリ。BGMは脳裏をよぎったこちら。タイトルには意味がない。
#up後に若干の加筆をした。
マンサバ氏のエントリを見て思ったことをメモしてみる。なお、氏を批判する意図はないことを付言しておく。考えが違うというだけなので。
当該エントリにおける氏の問題意識は理解するし、解決策も氏の現状では良いのだろうが、こちらの見聞きしている範囲では、ちょっとどうかなというところ。分かり易いところでは、メーカーの場合、サンプルなどの有体物のやり取りがあり、当該有体物が秘密情報が化体したものだったりするので(だから必要に応じて当該サンプルの分析・分解等を禁じる規定を入れることもある。)、秘密情報の交換をネット上でのデータルームでのやり取りに限定するのはそもそも無理がある場合が多いように思う。複数のメーカーがそれぞれの技術を持ち寄る形での共同開発をするためにNDAを締結することを考えると、n>2のNDAはよくある話になるので、ファンタジー等と韜晦している場合ではない。メーカーで商社を介在させる場合に、自社のRepresetativeとして扱うことで、独立の当事者扱いしないというアイデアも、商社を完全にコントロールできれば良いが、その保証が常にあるとは限らない*1。
上記の点を別にしても、契約内容を精緻化すれば、問題が生じる可能性が減じるかというと疑問なしではない。当事者の行動への制約を増やす形での精緻化をした場合、行動の自由度が減った結果、問題が生じる確率を増すこともあるだろう。契約内容の精緻化は、生じ得る問題への手当てを充実させることで不測の事態を減らし、予測可能性の向上には資するし、内容次第では最悪の際の損害(の期待値)を減らすことがありうる(逆になることも当然ありうるが...。)ので、リスク管理の向上に資するという点で正当化されるとは思うが、それ以上がどこまで期待できるかというと疑問がある。そもそも契約書を締結したところで、その内容を契約に関わる人員全員に徹底することがどこまであるのか。その徹底がなされなければ、契約規範が周知徹底されず、知らずに規範からの逸脱が生じることになりかねない。然るに、そのようなことがなされるのは稀だろう。もちろん、契約書で規定された内容は、その契約書に化体した取引における当事者の行動規範の一部になるから*2、当該行動規範が履行できない内容か、契約審査の際に確認し、問題があればその修正を試みることで、前記の規範からの逸脱の危険を減らすことが精々ではないか。そうなると、契約内容の精緻化は、問題が生じるのを減らすことには繋がらないのではないか。「契約を破る自由」まで考えれば、余計にそうなるのではないか。問題を減らしたいのであれば、寧ろ、自社が守れる内容になっているか、契約相手が契約を守りそうかの吟味をすべきではないか。
*1:拡販先探しを依頼する意図があって起用するような場合等、独立した責任主体としておきたいとメーカー側が考えることもあるのではないかと考える。
*2:契約は行為規範か、裁判規範かという毎度おなじみの話で言えば、まずは行為規範だろう。裁判規範としての側面がないという意味ではなく、契約書の殆どが裁判と無縁で終わることを考えるとまずは行為規範と考えるべきだろうと考える。それとは別に、同じ契約の中でも行為規範としての意味合いが強いものと、その逆があって、所謂一般条項は裁判規範としての意味合いが強くなると想定されるのに対し、(あるべき)取引の実態を示す条項は行為規範としての意味合いが強いのではないだろうか。