例によって脊髄反射的な呟きに基づくメモ。
修習期の若い先生が過負荷で諸々大丈夫なのか?という状態になっているとお見受けする呟きを見る一方で*1、こちらよりも期上の先生が、負荷もかけずに成長する訳ないという趣旨の呟きをしているのを見ると、両者が二者択一ではないはずと思いつつも、両者の整合性をどう考えるべきかと思ったりする*2。後者の呟きは所詮生存者バイアスから逃れられていないように見えるので、「はいはい」と言っておく以上の対応策が思いつかない。
人が減っていき、特に若い人の取り合いをしていく中で、適応できなければ去れみたいな態度は、既に永続性を欠いた非現実的なものになっていないかという疑問がある。法律事務所については、外部の依頼者目線で見ても、永続してくれないと困ると思うのだが。
結局は過負荷にならないかを何らかの形で管理するしかないが、それを誰がどう判断して、負荷のマネジメントをするかが難しいのではないかという気がする。特に法律事務所の場合は、案件や当事者の個別性が千差万別で、感じ方も様々なところでは相当細かいマネジメントをしないといけなくなるのではないかと思うものの、それができるかどうか...よほどそれ用の訓練をするか、大きなところであれば、それ用の人を別途入れるかしないと厳しいのではなかろうか*3。
この辺りは、企業においても、同様の考慮が必要ではないかと思うし、今時だと評判がSNS等で出回ることもあるので、出回るリスクも込みで考えないといけないような気がする。負荷をかければ、特に若いうちは得られるものが多いとしても、それで自分がつぶれては元も子もないので、バランスを取るべきということが、わからない人またはわかっているはずだけどわかっているなりの行動になっていない人へのケアが相応に必要なのだろうと思う。