益体もないメモ。
特定の道具について、生じさせ得る弊害を技術的に抑止可能としても、常にその技術が使われる保証はないし、意図的にその技術を使わない選択も可能であるのが通常だろう。そうであるならば、当該技術の存在は、件の道具の利用について謙抑的であることを否定しえないのではないか。当該道具のもたらす便益が甚大であっても、弊害が存在することを消し去るものではなく、弊害の方が大きければ、何らかの相応の手当てが必要と考えるのはそれほど不当ではあるまい。件の道具の海の向こうでの便益の大きさだけを喧伝し、弊害への対処を無視したかのような言説が仮にあるとすれば*1、それを直ちに無批判に唱道するのが適切かどうかについて疑いが残るのではないか。