電子書証と紙のない有価証券概念と民法/田中幸弘(河上古希記念論文集所収)

掲題の論文を拝読したので、僭越ながら雑駁な感想をメモ。

 

著者は、要するにろじゃあさんで、勝手にこちらが私淑している師匠*1。人生の要所要所でお世話になっている。研究者養成のコースからいったん企業法務の実務の世界に来られ、そこからまたアカデミックの道に戻られたというご経歴で、研究者としての師匠の河上先生の古稀論文集に収められたのがこの論文。こちらが、例の本を献本する旨報告したところ、感想を聞かせてほしい旨のお話があり、pdfをいただいたので、拝読してみた。どこまで自分が理解できたか心もとないところもあるが、せっかくなので、感想をエントリにメモしてみることにした。

 

最初の印象としては、上記のような経歴を持たれている著者ならではの、学問的分析と企業法務実務目線での分析と双方が組み合わさっていて、実に著者らしい論文といえるのではないだろうか、と感じた。著者が師に対して、ご自身のこれまでの道のりを振り返り、弟子が「ここまで来た」ことを師匠に示すという意味では、適切な題材、表現方法だったのではないかと感じる*2。そして、師の古稀論文集にこうした表現で弟子が応じることは、師の教育者としての成果を示すことにもなるので、適切なのだろうと感じる*3

 

論文としては、問題提起部分というべき「はじめに」とまとめの「小括」の間2つの部分に分かれている。

「はじめに」では、電磁的記録が所有権の客体として認められるとどうなるか、という問題提起がなされている(とこちらは理解した)。

その点については、まず、本題部分の前半IIで有価証券のペーパーレス化や保管振替制度の延長線上でどう整理することが可能かという整理が試みられれている。ここ20年位に行われた金商法などの改正を振り返ったうえで、その延長線上に仮想通貨を位置づけるとどうなるか、特に、Mt. Goxの事件も踏まえて、倒産などの文脈においてどうなるかというあたりが検討されている。こういうとらえ方は実に学者らしい、というとお叱りを受けそうだけど、学者に期待するのは歴史と比較法だという実務家の言説に接したことがあったのを思い出す。仮想通貨についての基本的な知識も乏しいところに加え、有価証券に関する理論とか倒産法周りの話とかも、こちらの経験する実務ではあまり出てきたことがなく、論文の内容もどこまで理解できたか心もとない。とはいえ、新しい(ように見える)ものをこれまでの知見からどう理解できるのかという検討は読んでいて、知的好奇心を満たす内容と感じた。欲をいえば、米国とかの比較法での分析も欲しかったけど、おそらく存在するであろう論文集に掲載するための分量の制約との関係でそこまでするのは難しかったのではないか。いずれにしても「日の下に新しきものなし」という表現が脳裏をよぎる。

アカデミックな整理をした前半を受けた後半では、今度は企業法務の実務で、電磁的記録を取り扱うかという話が検討される。こちらにとっては後半の議論の方が分かりやすいのは言うまでもない。感染症禍も推進を後押しした感があるが、現状の"DX"を踏まえた議論の整理は、最後にある立法論的提案も含め、ある意味で、こちらの日常に関するところなので、比較的理解はしやすい。ただ、法律上実行可能と整理されている事柄が、現場レベルでどこまで必要なのか、法的紛争に備えるといっても、そもそも紛争の生じる確率を考えると、紛争リスクを受容するという選択肢もあり得るところで、どこまで何をするかは、判断が分かれうるだろうと感じる。仮に何らかの措置を講じることを検討するとしても、現場にいる人間の弁え(カタカタ用語でいえばリテラシー)を踏まえてどこまで円滑に実行可能なのかというと、企業ごとの差異も大きいが、いうほど簡単ではないのではないかと感じる。現状システム的に対応可能なものというのは、一切説明せずに、素人が100%間違いなく対応ができるほど簡単にはできていないと感じる。そして、一連のシステムの中では、判断をする人間というアナログな存在の処理能力が最後はボトルネックになるのだろうし、人間のアナログな反応に逐一きめ細やかに対応しようとするとシステムの作りこみの負担が重くなりすぎて、「技術的には可能(金銭面以外も含めた費用負担を考えて実際には実行する判断が下せない)」という話になるのではないかと感じる。

これらの検討を踏まえたまとめの「小括」では、デジタルデータ取引全体の法制度枠組整備の必要性が熱く、語られる。著者の企業法務実務経験も踏まえた文章に熱を感じる。そしてその中での民法の重要性も強調されるが、民法の専門家のポジショントークめいた部分を割り引いたとしても、その側面はあると感じる。そこは一般法としての民法が担うべき部分と感じるからである。

 

…相変わらずろじゃあ師匠の熱を感じる文章だなと改めて思うのでありました。

 

*1:勝手にそう思っているだけだが...。

*2:特に本名名義でFBで書かれているうちの、河上先生について書かれている内容を想起すると余計にそういう感を覚える。

*3:なんだか偉そうだけど、ご容赦ください>著者