呟いたことを基に雑駁な思い付きのメモ。BGMはこの曲。
某社の某事件に関係して、当該会社のインハウスの対応の当否について論じる言説に接した。経営上層部の犯罪行為について、インハウスが抑止できるというのは、幻想に過ぎない気がするというのがこちらの正直な印象。「べき」論としては、抑止すべきだろうが、一インハウスに出来ることには限界がある。その意味では、ある程度のところで、見切って、辞めて「逃げる」方が良いのだろう。
そもそも、「逃げる」以外の選択肢が比較対象になるようであれば、そもそもそういう選択肢を議論するまでに至らない気がする。その種の選択肢が議論の俎上に上る時点で、既に手遅れで、実質「逃げる」以外の選択肢はなくなっていることの方が多いのではないかと感じる。
いずれにしても、特に、資格者の場合には、懲戒リスクがあるのだから、「逃げ」られるときには「逃げる」方が良いのだろう*1。以前某財閥系メーカーで無資格者の法務の募集をしていて、面接に出向いた時に、有資格者の募集でないのか、と訊いたら、有資格者は「逃げる」から、ということを言ったインハウスの法務責任者がいた。「逃げる」ことをとやかく言うなら、「逃げ」られないよう努力をすべきであり、文句を言うのは筋が違うというべきとも感じる*2。