「点の取り方」と「魅せ方」について

例によって益体もない#萌渋スペース用のメモ。

先般の某件に対する脊髄反射的な反応をしてみる。その際、くまった先生、経文威武先輩にも相談させていただきつつ、かつ、TL上で接するなどしたご意見も踏まえて、まとめてみた*1*2

 

「魅せ方」について

相変わらずキャリア系のお話で恐縮だが*3、自分のキャリアの「魅せ方」という点について、プレスリリースに載るような経験を積むことを強調するような見方が出ていたのにも接した*4。「あれ、俺関与した」と言えるようになるという意味で、キャッチーな経験を積むことは、「履歴書の華」として、自分を「魅せる」手段となるので、自分の待遇、それが現職内であれ、転職時であれ、をより良いものとするための手段として機能する可能性があることまでは、否定しがたいような気もする。自分自身のマーケティングの道具として使いやすそうな印象はあるだろう。

 

しかしながら、そういう指向性をもって、法務担当者が業務にあたることが適切なのか、というと疑義があるように思う。

不祥事対応のようないわゆる後ろ向きな案件であれば、そもそもリリースを出さないで済むようにすることを考えるべき場合が多いだろう。そういう案件が多い企業もそれなりにあるだろう。そういうところでうかつに「目立つ」と評判を悪くすることも考えられるし、この点は予測がつきづらいこともあるから、リリースを出さなくて済むなら出さないほうを選ぶのが安全という見方もあるだろう。そういう意味でリリースを出す指向性をもってことに当たるのが適切とは言い難いのではないか。

また、そうではない前向きな話でも*5、リリースを出す指向性を持つのが適切かというと、これまた疑義があると思う。出し方を間違えれば「炎上」リスクがあるのは、前向きな話でも変わらないわけで、その意味ではリリースを出す・出さないについては、法務としては、中立的であるべきで、リリースを出すという指向性をもって事に当たるんが適切とは言い難いのではないか。

 

何より問題と考えるのは、リリースを出すような、内部的にも目立つ案件に目を奪われると、それ以外の案件について、腰が引けるというか、手を抜くというか、軽視するということになりかねないという危険があるところだろう。事態が些細に見えるうちに、きちんと対応することで、問題が大きくならないようにすべきところで、対応が不十分で、結果的に、目立つような話になって、リリースを出すような話になってしまったとなると、当人としては良いのかもしれないが、企業としてそれでよいのかというと疑義があるのではないか。そういう話になると、仕事を私物化していないかという疑義も生じるところではないかと感じるのである。さらにいうと、そういう目立とうとする人間は、往々にして、目立つ部分に注力し過ぎて、それ以外の部分への対応の仕方にも「粗」が目立つことがあるということも指摘可能かもしれない。結果的に「粗」の部分についてのサポートを別途必要とする結果となって、余計な手間がかかるようであれば、企業全体で見れば非効率でもある、ということになろう。*6。また、同じ企業内法務部門において、目立つ案件ばかりやる人間の裏に、そうした案件以外の目立たない案件ばかりする人間が出ると、両者を公平に評価・処遇できるのかという問題も出てくるのではないかと感じる*7。少なくとも、そういう「偏り」は法務部門の在り方、ひいては当該企業に悪い影響を及ぼす可能性があることは否定できないだろう。

 

企業内において、法務部門は、管理系部門の一翼を担うのが本筋ではないかと考えるので、そうであるならば、結果的に目立つことがあったとしても、それは結果論でしかない、と捉えるにとどめておくほうが安全なのではないか、法務部門は黒子に徹するのがよいのではないかと考える*8

 

「点」の取り方について

では、自社内外を問わず、自分の待遇*9をよりよいものにするためにどうするか。「魅せる」業務それ自体を目的にすべきではないとしても、実績をいかにして「魅せる」形で自分の外(それは社外だけではなく社内でも一定程度当てはまるだろう)に向けて表現することは、重要なのだろう。この点については、転職時には、所謂転職エージェントの力を借りることが有用なこともあろう*10。ここは優先順位のつけ方の問題と見ることも出来るだろう。

 

それでは、実績をどう積むか、点をどう稼ぐか。ここについては、まずは基礎から逃げずに、基礎を固めることが重要と感じる。基礎も固めずに、新しいことを追いかけても、表面をなぞるだけになりかねない。基礎ができていないと、仮にプレスリリースでポジティブな内容を訴求できるような案件に関与していても、法務として実質的な関与がどこまでできるか、心もとないこともあり*11、ややもすると、その場にいるだけとか、下手をすると、全体の足を引っ張りかねない*12

いうまでもなく、世の中の動きが速い最近の状況下では、そうした状況に対応して、法令についても進展が速い。それに十全についていこうとすると、それだけでも結構大変。しかしながら、基礎を疎かにして、目新しい部分に惑わされてしまいがち。基礎がないのに、目新しい部分を追いかけるというのは僭越ですらあると感じる(これは自戒を込めて、だが。)。ついて行けるとおもっても、結果的には、傍から見れば、そうなっていないことすらあり得る。その意味では基礎を固めるのが、目新しいことへの対応よりも優先し、最優先と心得るべきだろう。基礎を固めることから逃げてはいけない、そう強く感じるのである*13

 

それでは、ここでいう基礎とは何か。企業内法務との関係では、やはり、司法試験・予備試験科目の必修科目の7法はまず含まれるだろう。どういう分野の法実務をするにしても必要な基礎だからこそ、これらの科目になっているはずだからである。基礎があるからこそ、未知の分野への対応が可能になることは理解されるべきと考える。特に、企業法務では、まずは民事系、その中でも特に民法の重要性がまずは強調されるべきなのだろう。ある実務家の先生が、民法を鍛えるのを体幹を鍛えることになぞらえているのに接したが、首肯するところである。もちろん、民事系と刑事系・公法系が交錯する場面もあるから*14、民事系だけすればよいという話ではない。3者の中での優先順位を敢えてつけるなら、民事系が最優先だろうという程度と理解すべきだろう。

また、試験合格を目標とするとわけではない以上、司法試験の勉強をすることが直ちに必要になるわけではないが、司法試験に合格することが、弁護士養成過程である司法研修所に入るためのスタートラインであることは意識する必要があろう。学習の仕方は色々やり方があるのだろうと感じるところである。こちらがしているように、法学教室を読む、というのも一つのありようかもしれない。

 

こういうことをいうと、合格したからマウンティングしているだけだろうと受け取られるかもしれない。しかしながら、資格の有無でどうこう言えるほどそんな単純素朴な話ではない。経文緯武先輩をはじめとして、司法試験と関係なく、法曹資格がなくても、きちんと準備ができている方々もTL上も含め各所におられるし、弁護士資格を有していていても時として頓珍漢な発言をされる方がおられることも間違いないのだから*15。企業内法務に有資格者が流入してくるようになり、否が応でも、そうした方々との比較にさらされる以上、企業内法務の仕事を続けてゆこうとするのであれば、こうした状況に対して危機意識を持つことは、ますます重要になると考える*16*17。これからの先行きが長い方々程、その危機感を持たれた方が良いのではないかと感じるところである*18

 

また、こうした学習というか鍛錬は、いうまでもなく、地道な積み重ねの継続である。積み重ね方は色々あるとしても、そうした行為に耐えられないのは、厳しい言い方をすれば、この職種に対する適正に疑義があると見られても仕方がないのではないか。プレスリリースになるような「魅せる」案件に関わることを夢見るよりも先に、足元にやるべきことがあると気づけないのは、この職種への適性に疑問を抱かれて然るべきではないかと感じる。

 

追記)経文緯武先輩のエントリも併読していただければと思います。

tokyo.way-nifty.com

*1:もちろん文責はこちらのみにあることは言うまでもない。

*2:なお、今回も、想定している読者は企業内法務の方であることを付言する。また、こちらの経験に基づくもので、異論がありうること、及び、こちら自身のことは高い棚の上にあげていること、も付言しておく。

*3:企業内法務の方々が、キャリア系の話が気になるのはある意味当然のことと考える。馬齢を重ねただけでしかないが、50代のこちらが、考えるところをメモしてみるのも、意味があるのかもしれない。少なくとも反面教師にはなるのではないか、と思うことにする。

*4:件の見解を示した方に今更直接何かを言うことに、意味を見出しえないので、件の見解にリンクなどはしないでおく。

*5:そういう話が業務の中でどの程度あるかも個社の状況の中で差異があるのではないか。

*6:既に指摘が出ていたが、ノウハウの類を抱え込んで共有しないという行動態様についても、程度に差はあれど、同種の議論が当てはまるのかもしれない。もちろん情報共有それ自体が言うほど簡単ではなく、その実効性に疑義があるのは事実だが。

*7:これは第一義的には法務部門の責任者側の問題ではあるが、社内の他の人、特に経営層の見る目のもたらす影響というのも無視できないのではないか。

*8:法務が「黒子」であることに不満を覚える向きもあるが、法務が「黒子」の役割を超えることは、仮にあったとしても、少なくとも、こちらの見る限り、現時点では、多くの企業ではまれであり、それに不満を覚えるなら、寧ろ事業部門に行くのが現時点では素直な解決策ではないか。事業部門だから法務の知見が活きないというのは、おそらく常に正しい言説ではないように思う。だからと言って、法務関連の事業(それぞれに意義がないとまでは言わない。)にばかり目を向けるのも、また適切とは言い難いような気がする。法務に「寄生」するばかりが能ではないだろう。

*9:単に給与・賞与のみに限られないことも留意しておくべきだろう。職位やそれ以外の環境も含まれるだろう。

*10:この点については、こちらの経験した範囲ではエージェントがそこまでサポートしてくれないことも多いことは留意すべきと考える。

*11:時として単なる情報の交通整理でも一定の貢献が出来たりするのも事実だが、法務的な素養との関係性は高いとは言い切れず、法務ならではの貢献とは言い難いのではないか。

*12:転職時の面談との関係では、そういう正味の話は、外からはわからないのが通常なので、そういう関与の仕方でも「魅せる」ことはできるかもしれないが、いずれどこかのタイミングで馬脚を現すことになるものと考える。馬脚を現して信頼を失ってしまうと、その回復は容易ではないと感じるところである。

*13:かつて、この点を主張する意図でエントリを書いたのだが、詰めが甘く、こちらが考えるところが正確に伝わらなかった感があるので、本エントリの基となるエントリを用意したが、内容的に今一つだったので、このエントリを用意した。

*14:既に指摘が出ているが、個人情報保護法周りなどでは、民事系と公法系の交錯が見られるし、コンプライアンス系の場面では民事系と刑事系の交錯する場面も想定可能なのは言うまでもない。なお、刑事系は出てくるときは洒落にならない話になっていることもあるので、直ちに外部専門家につなげればまだよいが、そうできないこともないわけではなく、その時には、ものすごく焦ることになることは理解、というよりは、覚悟しておくべきと考える。

*15:こちらにそういうことがあれば、適宜の手段でご指摘いただければ助かります。こちらは、合格してもなお不安を感じている。だからこそ、あれこれしているわけだが。

*16:なお、有資格者との「差別化」のありようについては、過去のエントリでこちらの考えの一端を書いたことがあるので、ご参照いただければと思う。また、仮に「転進」を図るのであれば、katax氏のこちらのエントリが、その内容について必ずしもすべて同意するものではないとしても、参考になるものと考える。

*17:なお、僕自身は有資格者だけの法務部門が良いのかというと、必ずしもそうは思っていないことを付言しておく。まあ、自分が長らく無資格でやっていた後で、資格が取れたからと言って、掌を返すような真似をするのは、過去の自分に対して筋が通らないと思っているのも一因であるが。

*18:僕自身が、こうした危機感から、日本の資格取得に至ったということも確かなのだが。