Q&A若手弁護士からの相談203問 企業法務・自治体・民事編/ 京野哲也 (著), ronnor (著), 福田英訓 (著), 頓宮尚公 (著), 中川佳男 (著), 花房裕志 (著), 黒田修平 (著)

刊行前から評判となっていた?書籍。一通り目を通したので感想をメモ。企業内法務であれば座右にあるべき一冊*1

 

クロスレファレンス民事実務講義などで知られる京野先生が、若手弁護士向けに編まれた書籍の続編。最初の374問が主に所謂街弁向けだったと思われるのに対し、今回は企業法務も視野に入れるということもあり、ronnor 先生(a.k.a二次妻・無双御大)が最初の172問分(第1部)について、文責を担う形で執筆に関与された*2。「本書が成立しえたことについては、ronnor氏が決定的な役割を果たしています」と「はしがき」にあるのも第1部の内容を読めば納得するところ*3

 

374問*4と同様に、Q&A形式で、良く訊かれそうな質問を集め、それぞれのQに対してAが付されているが、Aの内容、特に第1部のそれについては、解像度が高いと感じた。実際に記載のAに従って企業内法務担当者等が動く際に、迷いが生じそうなところは、可能な限りの手当てがなされているうえ、文献の調査も、結構マイナーと思われる情報まで拾ってくれていて(ここは、ronnor先生の面目躍如たるところ)、リサーチの起点としても有用と感じたからだが。他方で、司法書士さんに訊くべきところは、その旨記すにとどめている。個別具体的な状況次第で答えの変わるものはその旨記して、答えにくいQに対して無理やりAにまとめるというところもない。そういう点では堅実さも感じられた*5。以上の点から、特に第1部は、信頼に足る内容であり、総合評価で座右にあるべき一冊といえる。こういう有用な本は、情報のupdateも含め、引き続き改訂をしてほしいと感じる。

 

中身の濃い本書については、都度読んだ部分の内容を呟きながらでないと、僕の場合は、読み通せないと感じたので、そのようにした。以下、網羅的なメモではないが、呟いた内容を再編集の上*6、貼っておく。

  • 最初に気になったのが、判例・裁判例の摘示の仕方。裁判所と下された日付だけだと探しにくい気がするけど、これは意図的なものだろうか。いちいち書いているとスペースが足りなくなるということだろうか。
  • 反社との契約の解除のところは、なるほどと思う反面、相手から物品とかの取り戻しなどの後始末が必要なときに、相手を反社と名指しして契約解除したときに、その辺りが円滑にできるのか、気になるところ。さらに反社である旨指摘するのは、営業誹謗行為とかに当たるというリスクがあるような気がするけどその点は一応指摘があった方が無難ではなかったかなという気がした(幸か不幸か相手方が反社またはそれに類するものとして契約解除をした経験がないので、その辺りの微妙なところはよくわかってないのも事実だけど)。そういう意味では、通知後一定期間経過後に理由なしで解除可能としておいて、そちらを使う方が無難という気がしている*7
  • §27はカスタマーハラスメントのところは、正論からすれば、記載の通りだけど、取引上の力関係で正論を言うことを躊躇う(正論を持ち掛けると、相手から「切られる」危険があるときは躊躇いを覚えること自体は避けがたいのでは)時にどうするかが難しい気が。被害者の自社担当者の担当替えしかないか。その際は、指摘があるとおり、当人が「左遷」されたと感じないようにする必要があるのは記載の通りだけど、そんな都合よくポジションがあるのかという問題は残る。変にポジション作るとそれ自体でリスクが出そうな気もする。ここは個別事情に応じ慎重な対応が必要としかいいようがないだろう。
  • §30の迷惑系ユーチューバーへの対応は、基本は書いてある通りだろうけど、あまりにしつこいときに仮処分とかで予防的な措置が取れないのか、というような疑問への答えがあるとさらに良かったのではなかろうか。おそらく難しいのだろうけど、それならそう記載があると便利かと思う。要するにそういう状況になったら会社上層部からそういう手が打てないのかというご下問が企業内法務に来る可能性があるわけで、そういう問いに対しても、駄目なら駄目と言えた方が楽ということ。仮処分だと審尋なしに結論は出ないだろうから、一定の時間がかかるだろうし、その間に何かされるというのは止めきれないので、難しいという話になるのだろう。
  • §32のところで、妊娠に関して訊ねることの可否を扱っていて、京野先生のコラムで中小企業に限った例外措置について書かれているけど、別に大企業でも、特定人が一定期間担当し続けるが必要な業務があって、その業務を担当する前提での採用をする場合には、同様の議論が成立しても良い気がした。要は途中で交代要員の投入が難しい業務につけることが予定されているかどうかが肝であって、企業規模で判断を変える理由になるのか疑問がある。
  • §36は、前科の存在を秘匿して入社したところ、「秘匿」が判明しても、その時点で前科が消滅していれば、当該前科の存在を前提に「秘匿」を処分するというのには、無理があるというのは、法律論としては理解できるが、それで納得しない人が出たときにどうするかは、企業内法務では考えないといけない気が。秘匿して入社してもばれずに時間が経過すればOKなのか、というクレームは来そうな気がするけどどうだろうか。入社時に会社を「だます」ような人間を機微な情報に接する部署に配属して大丈夫なのかという懸念は残るだろう。
  • §47は、エクセルのマクロというところが、ありそうな話に見える。退職の意思表示をした人間は、心理的に、会社と「切れて」いるから、仮に本人が任意に作業をすると言っても、何をするかわからないという危険は残ると思うので、作業はさせないほうがリスク管理の面から無難な気がする。そういう意味では退職の意思表示をした時点で、会社のシステムにも一切触らせない・作業させないという外資的な対応の方がリスク管理の面では無難な気がする。制度設計次第というのはその意味で適切な解答なのだろう。
  • §51は有給休暇の日数が残っていてそちらへの振り替えが可能な前提だけど、有給休暇の日数が残っていないときはどうするのかというところが気になる。もちろん給料満額を支払えばいいだけなのだが。
  • §52は悩ましい話なので、明確な結論になっていないが、悩ましさが明確になっているのが良いと感じる。何でもかんでも明快な結論が導けるわけではない。
  • §72は、動きの速そうな話で執筆時点が特定されているのは重要。全体について執筆時点というか記載の基準時があった方が良いと思うが、こういう本では記事ごと又は章ごとに記載があると良いと思う。その後の状況のupdateの反映の仕方にも影響する話なので。
  • §74メンタルの問題で連絡なしの欠勤が続く場合の対応については、設問の文章からは安否が必ずしも明らかではないように読めるので、まずは安否の確認をしなくてよいのか、という点が気になった(おそらくは安否は確認されているが、という前提なのだろう)。解雇云々はその後ではないのか。
  • §98。従業員の自己破産対応の件。警備業法との関係(及び京野コラムでは資格との関係)が問題となっているけど、当該従業員が経理課で現金を扱っているときとかはどうするのかというところも気になるところ。そのあたりになると微妙になり過ぎて扱うのは、本書のコンセプトからは外れるのだろう。
  • §104 参考文献のところに改正プロ責法未対応版である旨の注記があるのは親切。
  • §118は、Qが一概に答えられない内容なのに対して、Aが一概に答えられない、としているのは、無理して不適切な回答をしていない点で誠実と感じる。
  • §129,130は参考文献が個人的には興味深かった。共通に上がっている本は納得だし、130で上がっている本も納得。寧ろ一部で持ち上げられている某本があがっていないのはronnor御大であれば当然のことなのだろう。
  • §138。コロナ禍における不可抗力条項の適用に関しての記載のうち、テレワークにより対応できる場合は対応することで不可抗力免責を否定する方向が示されているが、対象となる行為について、テレワーク等をなし得るものであるかどうかの検討となしえないときは免責となる旨の記載もあった方がよい気が。これはこちらがメーカーにいて製造現場のことが脳裏をよぎったからそう思ったのだが。
  • §140番台の下請法がらみの話で、参考文献で下請法テキストが上がっていないのが気になった。文中で出てくるから見ていないという意味ではないのだろうし、寧ろ見るのは当然ということかもしれない。とはいえ、下請法に初めて接する読者にとっては当然ではないので、挙げておくべきではなかったか。挙げていないと、見なくてもいい、という意味と誤解されるが、そういうことではあるまい。
  • §151は、有用なQ&Aだけど、Aを纏めるのが大変だったのではないか。「ものの本」と名前が出てこないのは、評価していないというronnor御大の評価の反映だろう。おそらくは某逆〇きだろうけど。肝心の総務省の「許認可等の統一的把握結果」とかのURLがないのは、ちょっと不親切な気もするが、確かに16000件弱のリストなので見るのは非現実的な気もする。ある程度範囲を絞ったら所轄の役所に訊いてみる、は、やり方を間違うと藪蛇になる危険があるような気がするけど...(なので、外資の時は本国からやるなとくぎを刺されたことが有る)。
  • §152は、業務用機械のカタログに景表法の適用があるかという問いで、消費者に販売されれば適用ありというのは納得するところだが、消費者に販売がないときは、何も規制がないのか、というとどうだろうか。欺瞞的顧客誘引にならないかというところが気になった。これはこちらが2Bで一般消費者に売らないようなものを作っているメーカーにいるから気になるのだが。
  • §159は登記周りについては、司法書士に相談せよというのが、手堅い感じがして良いと感じる。
  • §161は、中村先生の「役員のための法律知識」の2版が参考文献になっているが、2021年10月に3版が出ているはず。
  • §163,164は労働紛争の和解で守秘条項を入れるかという点が問題となっているが、ronnor御大が指摘しているように、実効性には疑義がある気がする。勤務先と対峙するのは個人にとっては金銭的精神的に厳しく、誰かの支援を得ることが多いのではないか。そうだとすると、そうした支援者への報告という話は生じるだろうし、そうであれば、仮に和解条項に何を入れても、その実効性には限度があるのではないか。報告内容を会社側でドラフトして、報告先を限定して会社側から報告してしまい、この内容以上は口外しない、という形を取るということは想定できるが、そういう和解ができるとはなかなか思い難い。
  • (§173からは京野先生の文責パート。)
    §173は、一部に京野先生のご見解があり、内容的にはなるほどと思う反面で、これに「乗って」大丈夫かどうかは慎重な判断が必要そうな気がする。
  • §185は建設業で下請業者倒産時に当該業者従業員が元請に賃金請求した場合に、元請に立替払をするよう行政が勧告をするのが稀というのは、要するに、許認可業種において、最悪免許を出さないという措置ができるという前提があるから、業者側も指導に従うという側面があるのではないか。そうだとすると、勧告などが不当な時に行政訴訟で争う余地があるという指摘は、元請業者にとってはどこまでの実効性があるコメントなのか疑義があるような気がする。
    また、気の利いた元請なら、業法の規定があることを踏まえて、下請業者との契約約款に立替払と立替分の支払債務との相殺を可能にする規定を入れていそうな気がする。
  • §186~189は古い資料の調査に関する話だけど、実際に記載の方法を使ったことがある話なのかは気になる。書類の保管の話は理屈だけでは割り切れないところがあるのではないかと思うので(理屈上は利用可能に見えても現実に資料が残っていなければ使えないということになると思うので。)。

 

*1:本書の有用性については、こちらも参照のこと。15分でこうした書籍の見極めができることも重要なことといえ、こちらのエントリ自体も書籍の見極め方についての示唆を与える意味で有用と考える。

*2:京野先生、ronnor先生以外の先生が何をされたのかという素朴な疑問が残るが、そこは(以下略)。

*3:個人的には第1部だけでも十分書籍として成り立つと考えた。第2部は寧ろ前著の改訂時に付加した方が良かったのではなかろうか。その方が、より企業法務・自治体(組織内法務)向けに特化した形になるのではなかろうか。

*4:なお、こちらについては、パラパラ見た部分はあるものの全体としては未読のまま積読山に埋もれている(汗)。

*5:なお、第2部については、京野先生のご見解が強く出ていると感じたところもあり、ご指摘の内容には納得できるところもあるものの、その見解に「乗って」大丈夫かどうかについては、こちらの経験不足もあり、判断が付きづらいところがあるように感じた。そういう意味では第2部については軽々に評価めいたことを言うのは難しいと感じる。

*6:一部の内容は、読み通してから見ると不適切と感じたところもあるのでそこは修正した。そういうものにまで反応してくれたronnor先生には、ここでお礼申し上げる。

*7:この点については先日のエントリでも記載した。