極私的インハウスへの転職案内

呟いたことに反応があったことから、それらを基に若干のメモを。

 

30代頭位までの、法律事務所にいる先生が、初めて企業(主に日系企業のそれ)に入ってインハウスになろうとされるときの動き方に関して、僕自身の経験に基づき*1、若干のご案内のようなものを書いてみようかと思った。こちらは、色々あった末に、今はインハウスで、法務部門の責任者をしているし、採用に関与したこともないではない。ノウハウというよりも、気を付けるべき点、考えておくべき点についてのメモ*2を書いても罰は当たらないように思う*3

 

まず認識しておくべきことは、極めて当たり前のことではあるが、ある程度以上の大きさの企業では、人事という職能があって、そこが、採用一般について仕切ることが多いということ。インハウスの採用については、人事と法務の間での綱引きもあることもあるが、いずれにしても、そのどちらがどの程度どのタイミングで影響力を行使するかは、外からは明らかではない。そして、人事がインハウスについて何を知っているかも、外からは明らかではない。過去及び現在でのその会社におけるインハウスの採用実績を調べることで、ある程度の推測が可能なこともあるが、推測できたとしても、それが、自分の採用面接に出てくる人事担当者がインハウスについて何を知っているかには、直ちにはつながるとは限らない。

 

そこで、その会社内では法務が採用について全権を握っていると確信できる場合を除いて*4、一般人の転職活動を同じプロセスを踏むという前提で動く必要があると考えるべきであろう。

 

その際、人事は、この応募者はなぜ自社に応募してきているのか、という問いと、この応募者は採用した場合に定着するだろうか、という懸念を持って選考に臨むのが通常と思われる。なお、後者の懸念については、人を一人採用しようとする場合に、選考に要する費用、採用決定後の手続きにかかる手間、退職時にかかる手間、そういうのが人事部門にとって大きな負担となることに思いが至れば理解しやすいのではないか。また、有資格者については、少なくとも潜在的には、業務を遂行する能力は有していると人事では推定するのが通常だろうから*5、そういう問いと懸念が残ることになる。

 

したがって、応募する側としては、それらの問いや懸念に対する応答をすることが必要となる。

 

これらの応答を考える際に、まず気を付けるべきは、WLBについては、本音で重視しているとしても(それ自体が悪いという意味ではない。)、それを前面に出すのは避けた方が無難ということ。それを前面に出すと、「企業はぬるそうだからそっちへ」と考えているものと受け取られる可能性があり、そういう理解は採用において不利に作用する可能性があるためである。WLBという意味では、労働法の保護がある分、企業の方が労働時間が短くなることが多いだろうが(例外が多々TL上で見受けられることは別論として)、企業内法務の難しさは労働時間以外のところにもあるので、どちらが簡単とか一概に言えないと考えるべきと感じる。それにも拘わらず、企業内について何を知っているのか、という目で見られる応募者が*6、斯様な印象を与える発言をしたら、それが採用において不利に作用するとしてもそれほどおかしな話ではないように思う。もしエージェントを経由しているのであれば、待遇面についての疑義は*7、そちら経由で確認した方が良いだろう。

 

寧ろ、前記の疑問や懸念への応答として考えるべきは、何故この会社なのか、という点で、この点はさらに、事務所に今いるのであれば他の事務所に移るのでは駄目なのかということと、事務所でなく企業であるとしても、企業が数多ある中でこの会社を選んだのはなぜか、ということの2つに分かれる。特に後者について満足な応答ができれば、定着への懸念も相当程度払拭されることが多いのではないかと感じる。

 

前者の点については、要するに、抽象的なレベルでは、事務所にいたのではできない、または、しづらいことがしたいから、という答えにならざるを得ないのではないかと思う。したがって、この応答を個別具体的な状況に照らして、具体化することが必要となるだろう。後者については、要するに一般の就活における企業研究の類なので、そこを頑張るしかない。いずれにしても、考えたことを自分の言葉で語ることが重要だろう。この過程をしっかりと自分で行うことが、入社後のミスマッチを防ぐ意味でも重要だし、それは自分自身のためでもある。ここの点は他の人任せにしては絶対にいけないところだと思う。

 

それと、もう一つ留意しておくべき点は、資格は、有利に作用する面が多い(外人は無資格とわかるとなめてかかってくることが多いし、秘匿特権などは間違いなく有用)ものの、入社後は、時として不利に働くことがあるということ。資格のわりに出来が悪いと、資格だけの人、という見られ方もしかねないし、資格があるがゆえに、プライドが高そうと見られたりすることもある。これは避けようがない*8

 

以上、雑駁なメモではあるが、どなたかのご参考になればと思う*9

*1:したがって異論反論があり得ることはいうまでもない。

*2:小手先のノウハウで面接だけを乗り切ってしまって、後からミスマッチが発覚すると、誰にとっても不幸な結果になりかねないので、安易に転職を考えるべきではないことは言うまでもない。

*3:なお、本エントリについては、二次妻・無双御大をはじめとする諸兄の呟きを参考にさせていただいたが、最終的な責任は当方にあることはいうまでもない。

*4:こちらの4社目の米系企業では、法務側の力が強かった。

*5:実際は必ずしもそうではない。企業の外の弁護士という立ち位置と、企業の中にいるインハウスとでは期待される役割が異なる以上、前者ができることは、後者ができることを保証するものではない点は強調しておきたいところ。それゆえに、インハウスが採用可能な状況であっても、敢えて非資格者を募集するという事例(事務所経験者は、評論家的なアドバイスに終わることが多くて駄目、というインハウス法務部長のコメント付)に接したこともある。いずれにしても、人事は、応募者の法務能力についての判断までは踏み込まず、法務側にこの点についての最終判断を委ねることが多いものと考えられる。この点について確認するために、選考過程で、法務部門の面接官が模擬法律相談などを行うということもある。

*6:実際、企業法務を扱う弁護士にとっても、係争や相談、総会などでしか企業の中の人と接しないことが多いだろうし、そこから見える範囲は企業内法務で行われている営みのごく一部でしかないことも留意すべきと考える。一例を挙げておくと、企業の依頼者が自社が当事者となった事件で証人候補者一名を弁護士事務所に連れてくることを考える。そこに至るまでの間には、そもそもその一名が誰なのか、関係資料などから突き止めることから始まる。その一名の証人適性も見たうえで、訴訟対応は、当該人の現時点での業務の範囲外であることが多いことからすれば、打ち合わせに当人を事務所に連れて行くため、現在の上司の許可などを得る(当該訴訟が現在の業務と無関係の場合は、協力が得にくいことも想定される。)とか必要となる。仮にその上司の承認が得られても、本人が嫌がる可能性もあって、その本人の説得も必要になることもある(特にその訴訟となっている件における当人の行動に問題があった場合はそのような反応が見られがち。)。特に経験年数の少ないアソシエイトクラスの先生方にそういうところまで見えていることはまれではないかと思う。

*7:弁護士会費や公益活動を行えずに負担金の支払いが生じる場合に会社がそれを負担するのか等は確認しておくべき点と考える。

*8:あと、これは企業によるが、事務所における事務局に当たるような人が部署にいないことも多いので、事務所の弁護士であれば、しなくて済んだかもしれない「雑用」を自分でしなければならなくなることがある。この点も留意が必要だろう。

*9:up後に一部加筆をした。