ジュリスト2021年9月号

例によって感想を呟いたことを基に箇条書きでメモ。

  • 判例速報。
    会社法は、買収防衛策としての新株予約権無償割り当ての差止めが認められた事案。MBOする側の強圧性と株主側の公開買い付けの強圧性の比較をする弥永先生の視点が興味深い気がした。
    労働判例速報は、性同一性障害者である国家公務員の性自認に基づくトイレ利用の制限と国賠責任についての事件で、自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは法律上保護された利益、とした判旨に対し、前記権利が憲法上の権利と考えていないという指摘が興味深い。現時点ではそういう理解なのだろう。また、公務員が職務上通常尽くすべき注意義務の範囲についての指摘も興味深い。個人的には評者の指摘の方が、このあたりの状況の変化を考えると、妥当に見えた。
    独禁法事例速報は、BMWの確約計画で、優越的地位の濫用によるディーラー側の金銭的損失の回復が確約措置に含まれていない点が興味深い。優越的地位の濫用に該当する行為によりディーラー側に金銭的損失が生じている可能性が高いように思うのだが、含まれていないのは継続的取引の中で回復可能だからか。この辺りまで内容の自由度が高いというのは確約措置の利点となり得るかもしれない。
    知財判例速報は、地裁、高裁、最高裁それぞれの判断のアプローチの差異についての奥邨先生の分析が興味深かった。
    租税判例速報は、前提となっている知識がないので、歯が立たない感じ(涙)。
  • 海外法律情報。
    中国の立法計画の記事は、法律を作ればいいってものじゃないだろ、と毒づきたくもなるが、法治行政がないがしろにされている状況下にある本邦の人間が偉そうに言えた義理ではないかとも思ったりする。
    イタリアの同性愛者等への差別に対処するための法律案。何よりも、前提として、憲法裁判所が社会的性差に関する自己認識が人の自己認識に関する権利の構成要素であり人の基本的権利に含まれると確言しているのが凄い。その時点で彼我の差の大きさを感じる。
  • 霞が関インフォ。
    経産省のバーチャルオンリー株主総会についての法改正の記事は、さすがに概要過ぎる気が。とはいえ、知らない人向けという側面からすれば仕方ないのだろうけど。大臣確認の実態とか書いてもらえると良かった気がしたけど。
    総務省行政管理局による調査法制課の設置。調査研究活動を行う常設組織の設置で、研究者を任期付きで採用するとのこと。これは良い試みなのではなかろうか。経済的基盤ができるという面と、研究に資するという両面で。
  • 新法の要点。
    商標法改正。個人による模倣品の輸入に対して規制を及ぼそうとしての改正のようだけど、不使用取消審判や商標権侵害訴訟への影響の出方が面白い。あちらを立てればこちらが立たず、というところなのだろうか。
  • 判例研究
    経済法判例研究会の段ボール製品価格カルテル事件。この事案ならそういう判断になるんだろうなと思いつつ、ここまでこういうカルテルがいまだにあるのはなんでなんだろうと思ったりする。
    商事判例研究の株式会社の解散請求が認容された事例は、ここまでこじれれば解散請求認めるしかないんではないの、という感想と共に、閉鎖会社というよりもデッドロックに乗り上げたJVの解消という印象を覚えた。
    その次の商事判例研究は、仮想通貨周りの話で、用語説明とかも一切ないけど、そこまで各概念が普及しているのかすらわからず当惑。既存の法概念の枠組みの中で生じている現象を整理しようとしているのは、内容は分からなくても興味深く見えた。
    非公開会社の特別決議を欠く新株発行を無効にしなかった例は、まあ、事実関係からしたら、閉鎖会社で手続き的に厳格なものを要求するのも厳しいし、無効にしてまで保護すべき誰かがいなかったというところで、納得しやすい気がした。
    労働判例研究の名古屋自動車学校(再雇用)事件は、評釈で指摘されているとおり、基本給及び賞与につき、定年退職時の60%を下回る部分について不合理としているものの、60%の根拠がない点が一番違和感があった。
    労働判例の次のものは、派遣周りの基本的なところが理解できていないためにわかりづらく感じた(総じて労働法自体が体系的に勉強したことがないので苦手なのだが)。
    税務判例研究の、事前通知のない調査における帳簿などの不提示と仕入税額控除の可否については、税務対応の実務が分からないので、帳簿の提示がどの程度大変なのかというところから分からず、消化不良感が残った。
  • 時の判例
    建設アスベスト訴訟についてのもの2件は、前者に付いては、国賠請求における違法となる終期の事実認定の根拠が解説から読み取れなかったので、そこは言及があるべきだったのではないかと感じた。後者については、被告企業への帰責を認めるための建材現場到達事実の認定のハードルの下げ方には、他の方法が採りづらいのはわかるのだけど、何だか釈然としない。建材の供給が当時何ら違法でなかったことも考えると特に。この件は、訴訟というよりも立法で解決すべき事案だったのではないかという気がした。
    リモートアクセスの事件は、同じ最判について法学教室判例セレクトで接したものだが、主権侵害の恐れについては、恐れがあることはあるという前提で、実害の有無を検討しているように見えて興味深い。結局元のデータを複製するから実害はないというところが肝に見えた。

  • 新・改正会社法セミナー。株主提案権(1)。
    Iは国会修正の影響について。最初に藤田先生が、澤口Bに実務上影響ないんでは、と言ってもらっておきながら、後から学者チームがそんなことはないのでは、とひっくり返すのは、ちょっと意地悪くも見えてしまった。
    IIは社会目的による株主提案が権利濫用になるか。藤田先生のまとめが秀逸。投資家サイド、会社側のそれぞれの見方が面白い。
    IIIは実現可能性が著しく低い株主提案が権利濫用になるか。投資家サイドの見方と会社側の見方の対比が、それぞれがどこを見ているかを示していて印象的。
    IVは業務執行に関する事項の株主提案が権利濫用となるか。色々な内容の提案が想定されるところで、内容次第では提案に賛成するべきという投資家判断もあり得るというのが興味深く、この問題の一筋縄でいかなさ加減の一端を見た気がした。
  • 民法・不登法改正の特集。
    先に個別分野の改正についての記事を見る。
    鳥山先生の記事では、相隣関係に設けられた新しい規律で、特に所有者不明土地との関係でできることが増えた点等を解説。所有者不明土地の近隣住民にとってはメニューが増えたのは良いと感じた。もちろんメニューが増えたと言っても、見えている問題をすべて解決できるところには至っていないようだが、それでも進歩ではあるのだろう。
    伊藤先生の共有法の改正についての解説は、脚注の最初に、そもそも改正自体に懐疑的な見解や、所有者不明土地問題が大きな問題でないというご本人の見解の紹介があって驚く。こちらの改正も、限界はあるとしても、見えている問題に対してできることが増えるという意味では良いのだろう。読んでいて共有物の管理者の規定については、共有者間で管理者についての意見がもめたときの扱いが面倒そうだなという気がした。
    水津先生の文章は主に遺産共有についての改正の解説。相続周りはもともと受験生の時にサボり気味なうえ、実務で扱った経験もないから、改正で想定している問題状況の深刻さが良くわからない。
    最後に座談会。改正の背景、個別論文で触れられなかった制度も含めた全体の概要。概要という意味では最初に読むべきだったか(なんだか読みにくく感じたので後回しにしたけど)。全体像を見ると、かなり色々なところに影響の出そうな改正だなと改めて感じる。あわせて、法文にまとめきれず今後の展開に委ねられている部分も相当あると感じた。この分野に関わる話が出てきたら、気を付けないといけない。